坂東眞理子『なぜ、人は無意識に偏見を持つのか』(ポプラ新書)を読みました。
著者は、国家公務員として総理府や内閣府の勤務の後、現在は昭和女子大の総長です。
本書は、タイトル通り、無意識の偏見=アンコンシャスバイアスを取り上げているのですが、そもそも、著者ご自身がアンコンシャスバイアスをお持ちではないかと疑われる記述がいくつか見られ、根強いアンコンシャスバイアスが広く見られることを実証しているように私は感じてしまいました。
そして、アンコンシャスバイアスとは別のキーワードとして、アンコンシャスバイアスから解き放たれると「やわらかい知性」を持って、さまざまな見方ができる、ということのようです。第1章で職場におけるアンコンシャスバイアス、第2章で家庭におけるアンコンシャスバイアス、第3章で社会におけるアンコンシャスバイアスをそれぞれ取り上げた後、最終第4章で柔らかい知性を身につける、そのために、経験を増やすことで視野を広げたり、本を読むことで別の世界を知ったりすることの重要性を強調しています。
ただ、冒頭から判りやすく男女の性差に基づく議論を展開しているとはいえ、そもそも、信頼を裏切ってはいけない、嘘をついてはいけない、困った人は助ける、弱いものいじめはいけない、などなどといった人間として当然の道徳や真理については、アンコンシャスバイアスやなんかは関係ないと私は考えます。
加えて、私も専門外なので不案内なのですが、本書でアンコンシャスバイアスとして言及されているいくつかの見方については、統計的差別なのではないか、と私は考えています。すなわち、アンコンシャスバイアスは心理や脳認知の、まさに、バイアスであって、合理的な根拠はないと思うのですが、統計的差別というのは統計=確率に基づく合理性が、部分的なりとも、含まれているのではないか、という気がするわけです。
そのあたりの本書の議論は混乱している気がします。例えば、東京大学卒業生と我が勤務校の立命館大学卒業生では統計的=確率的に何らかの計測結果に基づくスキルが異なる可能性が高い、と私は考えていますが、第1章の職場におけるアンコンシャスバイアスとして、試験に強い頭の良さと職場での有能さとは、人間性の高さといっしょくたにして、「一致しません」と結論されています。大学の総長として、大学の入試や大学での教育について、どのようにお考えなのか、私はよく理解できませんでした。
ログインしてコメントを確認・投稿する