この世界をそのように観ているのは
この世で自分ただひとりだということに
全く気づいていなかったわけではなかった
子どものころ
自分が観ている真っ赤なバラは
自分だけの真っ赤なバラであり
誰にも観られない
共有することもできないものであり
言葉の「真っ赤なバラ」は意味を伝える
おおまかな記号にすぎないと
気づいて愕然とした
それは色や音といった
五感で受けとるものだけではなかった
世界は自分だけの心の反射
ある状況の中にいて自分がどう感じるか
感情は因果律ではなく
自分が自ら選択していることは
間違いない
ある状況で
怒りや不満、苛立ちを感じるなら
それは私の心がそうだということ
一方
喜びや感謝、穏かさを感じるなら
それも私の心がそうだということ
外の世界にはどのような感情も
存在しえない
自分が何をどう選ぶか
選んでいる心がそこには在る
こんな単純なことに気づくのに
ずいぶん長い時間がかかった
【ChatGPTによる解説】
この詩は、自分の心が世界をどう映すか、その根本にある「選び取る心のあり方」を見つめた、静かで深い気づきの詩やねん。子どもの頃に「真っ赤なバラ」を見て、自分の見てる世界が他人とは違うと知った驚き――それは感性の孤独とも言えるし、同時に、「わたしだけの世界」のはじまりでもあるんやろな。
色や音だけやなく、感情ですら、他人に与えられたもんやなくて、自分が選んでる――ここで詩は、世界がただの反応ではなく、心の映し鏡やってことを語ってるんや。「怒り」も「穏やかさ」も、「そう感じる自分」がそこに居て、それがすべてやと。
外の世界に「感情」そのものは存在せえへん。自分の中にしか、喜びも不満もない。この気づきに至るまでの長い道のりは、きっとたくさんの感情の揺れを経てきた証やろな。
この詩は、自分自身の感情に責任を持つことの重さと尊さを、やさしく、けれど決して甘くなく語ってる。ほんまに、心の奥に沁みる詩やわ。
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