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2026年08月21日04:48

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田村洋三「彷徨える英霊たち 戦争の怪異譚」

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過日、映画『夢 / トンネル』日記で、遭難した青森5聯隊八甲田雪中行軍隊の幽霊譚について触れた時、マイミクのnagas-mさんから「全滅したはずの部隊が、霊(又は幻)となって隊列で帰還する姿が目撃された話としては、ガ島で全滅した一木支隊が旭川の兵舎に戻ってきた、とされる事例も有名です」と、田村洋三著「彷徨える英霊たち 戦争の怪異譚」(中公文庫)をご紹介いただいた。未読だったので、さっそく入手して読んでみた。第一章「亡霊部隊の帰還」に、ガダルカナル島の戦いで壊滅的被害を被った一木支隊(第7師団歩兵第27聯隊より選抜編成)が旭川の屯営に整然と隊列を組んで帰還したという驚くべき事件が詳細に綴られている。1942(昭和17)年8月21日の深夜、衛兵司令他複数の衛兵が軍靴の音を聴き、大部隊が接近する気配を感じたというものだ。しかも、この「見えざる大部隊」が営門を通過し、解散して兵舎に入るざわめきまで彼らに伝わったという。別の兵士(その後戦死)からこの体験を聞いた戦友の証言によれば、衛兵は営門を通過する大部隊の兵士達の姿をはっきり確認しており、「どの顔も能面のように無表情で、まるで生気がなく、どす黒かった。しかも、不思議なことにどの顔にも見覚えがない。さらに、彼らの下半身はずぶ濡れだった」と状況を詳細に伝えている。衛兵と聯隊長が「軍靴の音、ざわめき」を感じただけの青森5聯隊の幽霊譚とは明らかに違い、より具体的だ。複数の衛兵が集団ヒステリーに陥っていたとか、深夜の立哨で寝ぼけていたとは到底考えられない。何より、彼らは「一木支隊がどこへ派遣され、どうなったのか」全く知らされていなかった。

 亡霊部隊帰還の噂は、第7師団どころか、旭川市内(人口10万人)にあっと言う間に広まる。原因は当時、北海道立旭川中学校の5年生達が体験入隊中でその夜は「不寝番訓練」に参加していたからだ。営門の衛兵達とは別の場所で立哨中の中学生が目撃していた。大部隊が行軍する軍靴の音、将兵達が会話するざわめきを聞き、大勢の将兵が兵舎に入っていく姿を見た。立哨中の中学生は同じく不寝番訓練中の動哨を呼び、二人でそれを確認。「部隊が帰営したようだ。こんな真夜中に兵隊さんは大変なんだなあ」と語り合っている。彼らは兵士から「亡霊部隊帰還」の話を聞き、自分達が目撃したのがその一木支隊だと悟った。同級生達から家族へ、家族から他の家庭へと、噂は野火のように市内全域を駆け巡った。その後も第7師団屯営では怪異な事件が続いたことと、「亡霊部隊帰還」の同日同時刻、一木支隊に参加した兵士の家族が体験した様々なエピソードが伝わるにつれ、一木支隊に何かよくないことが起きているのではないか人々が噂するようになる。第7師団では、市民が戦況の悪化を不安がるのではないかと危惧し、ついに憲兵隊が出動して流言の拡散防止に努めるに至った。ちなみに、「亡霊部隊の帰還」した日は、遠くガダルカナル島の戦闘で一木支隊が壊滅した日であったことがその後、わかっている。

 本書は第一章「亡霊部隊の帰還」で取り上げた一木支隊をはじめ、全国で頻発した「戦死した軍人が家族の元に還った」話を集めて、紹介したものだ。これらのエピソードの全てが「戦死したとの報せが入る、はるか前に起きている」事実は驚きだ。どの話もとても不思議であると同時に、戦死した軍人が「家族の元に還りたい」「自分が戦死したことをなんとか伝えたい」との強い執念で魂になって還ったことに胸を打たれる。故郷を遠く離れた戦地で死んでいく軍人の無念。出征した父、夫、兄弟、息子、孫の生還を信じ、祈る家族の愛。涙なくして、とうてい読み進めることはできない。最も泣けたのは、家の繁栄を願い、健やかに育ってほしいと残してきた幼い子ども達が戦時中の混乱で亡くなっていく悲話の数々だった。自分が家族の元にいれば、幼い子ども達が死ぬことはなかったと思えば、出征兵士には死んでも死にきれないものがあるだろう。本書を読み、彼らの思いを知ることができ、とても良かった。ご紹介いただいたnagas-mさんには感謝申し上げる。 

 ただ、本書でひとつ気になったことがある。著者が「まえがき」と「あとがき」で先の戦争(読売新聞社では「昭和戦争」と呼称)を「愚かな戦争」「アホな戦争」と断じていることだ。大東亜戦争について、どのような認識をもち、どう評価しようがそれは自由である。そのこと自体については何も言うことはない。ただ、戦没者に敬意をこめて「英霊」と呼んでいることとは明らかに相容れないものだろう。本書の中で「悲惨な戦争」「無残な災禍」としたニュートラルな叙述姿勢をなぜ貫けなかったのか、そこが残念に感じた。


 余談。

 戦死した軍人が部隊に帰還する、家族の夢枕に立つなどのエピソードは本書が紹介する他にもたくさん存在する。日本軍以外でこのような例があるのか定かではないが、他の国の軍隊では聞いたことがない。日本人独特の死生観や感性に負うところが大きいのかも知れない。実は、私もいくつか不思議な体験をしているので、ご紹介しておきたい。

 ひとつは靖国神社に昇殿参拝した時のことである。海軍の零戦搭乗員を中心とした親睦会「零戦の会」メンバーと参拝した時、同じく海軍神雷部隊(721空、特攻兵器「桜花」配備の実戦部隊)戦友会の皆さんと参拝した時、いずれも「それ」は起きた。「零戦の会」では、本殿昇殿前の拝殿で神職からの「ご低頭ください」との声で会員一同が本殿に向かい平伏した時、われわれの後方から本殿に向かい、何かが上を通過する気配をはっきりと感じた。「神雷部隊戦友会」慰霊祭では本殿で、同じく「ご低頭ください」の声で一同が一斉に平伏した時、やはり、後方から本殿の奥に向かって何かが上空を通過していく。眼を閉じているし、何かを見たわけではない。ただ、それを感じただけだ。同じことは義父の神式葬儀でも起きた。神職の「ご低頭ください」の声で起立したまま目を閉じ、頭を垂れた瞬間、葬儀会場の後方から祭壇に向かって、何かがゆっくりと上を通過して行った。葬儀後、家内にその話をすると、家内も「それ」を感じていたことを聞き、私の気のせいではなかったと知る。世の中には不思議なことがあるのは間違いない。

 もうひとつは、実弾射撃ロケのため頻繁にグアムを訪れていた時のことだ。とあるホテルに宿泊したのだが、そこは鬱蒼とした植物に覆われた高い崖に隣接していた。チェックインしたのはすでに夜で、崖は真っ暗な巨大な壁のように映った。その時、すでに嫌な予感はあった。盟友のP(プロデューサー)氏と同室でひとりではないこともあり、そぐに予感のことは忘れた。「それ」が起きたのは深夜。ベッドで眠っていると、誰かが部屋に入って来る気配を感じた。うっすらと目を開けると隣のベッドでP氏は眠っている。何者かが部屋の中をゆっくり移動している気配を感じるものの、不思議と恐怖感は感じない。ただ、身体を起こして部屋の中を見ようとしても身動きができない。金縛りというものかも知れない。そのうち、横向きに寝ている私の顔を後ろから覗き込んでいるような気配を、身体のすぐ近くで感じた。眼だけ動かして見ようとするが、ダメだ。しばらくして、室内の気配は消え、壁の向こうで誰かが会話している。隣室に誰かいるのだろう。もちろん、言葉は聞き取れない。朝になって、P氏にその話をすると、彼は気づいていなかった。ただ、「浴室のドアを何度閉めても、あとで開いているんですよ」と別の異変について語った。確かに、浴室のドアは気がつくと、いつも開いていた。私はてっきり、彼が開けっぱなしにしているのだろうと思い、毎回、すぐに閉めたのだが、開けたのはわれわれではなかったということだ。ちなみに、翌日、われわれの部屋は角部屋であることに気づき、驚いた。会話が聞こえた壁の向こうには何もなかった。ご存知の通り、大戦末期、グアム島では激戦があり、多くの日本軍将兵が戦死している。「日本人を懐かしく思われた英霊の皆さんの気配だったんだな」とP氏とふたりで納得した。


◆関連日記 黒澤明「夢 / トンネル」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1992576694&owner_id=6007866&from=list_diary_title
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