松谷満『「右派市民」と日本政治』(朝日新書)を読みました。
著者は、中京大学現代社会学部教授です。本書p.206では、ご自身を「左派市民」と自任しています。はい、私もそうです。
本書では、1万人超を対象としたアンケート調査結果を基に、右派市民の実像を数量的に読み解こうと試みています。ただ、右派市民とは保守派一般ではなく、p.7の図解にあるように、幅広い地付き保守層と部分的に重なり合う形で存在しているものと捉えており、逆に、穏健保守層とは交わらない存在と考えているようです。ざっくりいって、右派と保守は重なる部分もありながら、ビミョーに異なっている、という理解かと思います。
その上で、p.63において4タイプの右派市民を想定しています。愛国主義者、伝統主義者、排外主義者、反左主義者です。複数のタイプを兼ね備えている場合もあれば、そうでない場合もある、ということです。また、左派市民も同様に分類されており、非-愛国主義者、非-伝統主議者、反-排外主義者、親左主義者、となります。非と反がビミョーに使い分けられています。
また、最近の右派の勢力増進については、理性的に正義を追求する左派よりも、なりふり構わない右派の方の熱量が大きい結果である可能性を示唆しています。加えて、宗教右派のバックラッシュについても軽視すべきではないと指摘しています。
そして、本書の中心的な結果である属性に応じた右派市民の数量的分析結果については、詳細はお読みいただくしかありませんが、もっとも右派から遠いのが若年大卒女子、という結果になるようです。ほかに、私の実感と合致する特徴のひとつは左派はテレビや新聞といった伝統的でリアルなメディアから情報を得ているのに対して、右派市民はネット情報によく接している、というのもありました。
右派市民は政治の現状に相対的に満足度は高いものの、右派市民の中でも排外主義者は不満が大きい、というのもメディアの報道などから理解できるところです。逆に、排外主義者は「安倍嫌い」という結果はやや意外でした。ただ、安倍政権を支えたのは右派市民というよりは岩盤保守層ならざる中間層であり、右派市民の望んだ政治は中間層の意図せざるサポートによって実現された、という結果も示されています。
最後に、私の感想です。少し前までの戦後20世紀の日本政治から考えると、市民というのは、特に市民運動に現れる政治的志向は左派市民にほぼ限定されていました。右派市民を考える余地はそれほどありませんでした。例えば、私は国家公務員として60歳の定年まで長らく総理大臣官邸や国会議事堂周辺で仕事をする機会がありましたが、20世紀中は何らかの示威行為やビラ配布などは左派がすることであり、右派は市民運動というよりは銀座の数寄屋橋周辺で街宣車に乗った赤尾敏のような人物だった、というイメージです。
ところが、本書でも指摘されている通り、伝統的なメディアであるテレビや新聞ではなく、ネットから得た情報を基にしていると考えられる右派市民が21世紀には出現しています。これは市民として新たなグループが出来たような気すらします。
1995年の社会党村山内閣発足時に、山口二郎教授などが主導して安保や自衛隊に関して「現実路線」に大きく転換したあたりから日本政治は右傾化が激しくなり、21世紀のネットのSNSの興隆に従って右派市民が拡大した、という印象を私は持っています。
本書では、「では、どうすればいいのか?」を最後に問うています。そのあたりは読んでみてのお楽しみながら、果たして、日本政治も分断が進むのでしょうか。
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