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2026年02月01日09:12

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Netflix映画「アイリッシュマン」

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仕事の合間を縫って、久しぶりにマリオ・プーゾ原作・脚本、フランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』(1972年)と『ゴッドファーザーPart2』(1974年)を観た。それまでのギャング映画の常識を変え、ギャング映画の新しいスタイルを確立した「映画史上、最も有名な映画のひとつ」だ。これまで、「 『ゴッドファーザー』シリーズは若き日のドン・コルレオーネ(ロバート・デ・ニーロ)の姿が描かれる『ゴッドファーザーPart�供戮�一番好きだ 」と公言して来たが、一作目二作目を時間をおかずに続けて観ると、印象がだいぶ変わった。やはり、『ゴッドファーザー』の重厚感、起伏に富んだ物語の緊迫感は圧倒的だ。堂々たる傑作と言える。それに比べると、『ゴッドファーザーPart�供戮魯如Ε法璽蹐�演じた「若き日のドン・コルレーネ」パートは素晴らしいものの、父ヴィトー亡き後のファミリーを継承したマイケル(アル・パチーノ)のパートは、彼が突如冷徹な男に変貌したように見えて違和感を覚えた。不必要な争いを避け、どこまでも信義を重んじ、情に篤かったブランドのドンに対し、躊躇なく暴力という最終手段を選ぶマイケルには人間的な器量の小ささ、底の浅さを感じ、単なる武闘派にしか映らない。今回の再見は作品の再評価に繋がり、とても有意義だった。ちなみに、私は『ゴッドファーザーPart�掘戞�1990年)は二度観たがどうにも好きになれず、思い出さないことにしている。

 あれこれと考えた末、一作目でドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランド、二作目で若き日のドンを演じたロバート・デ・ニーロのキャラと演技が好きなのだという結論に達した。思えば、マイケル・マン監督の映画『HEAT』(1995年)でも私はアル・パチーノ演じる刑事ヴィンセント・ハナではなく、デ・ニーロ演じる強盗団のリーダー、ニールの視点で観ている。デ・ニーロ演じる映画が無性に観たくなり、選んだのがNetflix映画、マーティン・スコセッシ監督作品『アイリッシュマン』(2019年)だった。

 実は、『アイリッシュマン』はNetflixで配信がスタートした直後に一度視聴している。デ・ニーロとアル・パチーノの存在感がずば抜けており、見事な風格をまとった物語だと感心した。ところが、昨年、マイミクのsilver catさんのお日記を拝読して、大いに驚いた。私が感じていた印象とはまるで違う深い考察がされており、思わず読み入ってしまった。物語の細部を忘れている私にはコメントすることさえ躊躇われ、「今度、『アイリッシュマン』を再視聴して、コメントをつけさせていただきます」としたのだが、そのまま一年が経過してしまった。今回、6年ぶりに本作を観て、前回は自分がきちんと作品に向き合っていなかったことを痛感した。おそらく、仕事をしながら横目で観ていたのだろう。これほどの作品を軽く流していた自分が恥ずかしい。

 『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーPart�供戮箸いΧ枋ゴ彊遒譴觜�太のドラマを観た後だからこそ、『アイリッシュマン』の特徴や面白さが際立って感じられた。殺人というショッキングなシーンが頻繁に描かれてはいるが、語り口がとても軽妙で明るく、『ゴッドファーザー』シリーズとは一線を画している。主人公フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)はアメリカの歴史上有名な大事件の数々と直接間接に関与しており、譬えていうならば、本作はギャング版の『フォレスト・ガンプ 一期一会』(1994年)と呼ぶべきだろう。フランクの目を通して語られる歴史的事件の背景が実にリアルで、興味深い。ベンチでバスを待つフォレスト(トム・ハンクス)の回想から物語がはじまる『フォレスト・ガンプ』と、老人ホームで車椅子に座った老境のフランクが独り言のように思い出話をはじめ、数奇な半生をふり返る構造もよく似ている。Netflix視聴環境があり、本作を未見の方々には、ぜひ、視聴されることをお勧めしたい。ちなみに、『アイリッシュマン』とはロバート・デ・ニーロ演じるフランク・シーランのあだ名である。


【物語】 2003年XX月、とある老人ホーム。ひとりの老人(ロバート・デ・ニーロ)が食堂で車椅子に座っている。多くのスタッフが施設内を行きかい、入所者たち達同士は会話やカードゲームを楽しんだり、面会に来た家族や友人とおしゃべりに夢中になる中、彼の周りには誰もいない。左手薬指には不釣り合いなほど大きく豪華な金の指環が光っている。誰に言うともなく、彼は語りはじめた。

 「昔、家を塗るのはペンキ屋だと思っていた。世間知らずさ。俺は労働者だった。全米トラック運転手組合(チームスター)第107支部の交渉委員で、1000人のうちの一人だった。それまではな。それからは家のペンキを塗った。自分で・・・」

 家を塗る。それは「人を殺す」という意味の隠語だった。銃で撃たれた人間から飛び散った鮮血が壁を赤く染めることから譬えられた言葉で、老人はかつて凄腕の殺し屋だったのだ。

 彼は続ける。「すべてが結婚式を中心に回っていた。ビル・ブファリーノの娘グレース=アンがデトロイトで挙式。ビルは組合の弁護士でラッセルの従兄弟だった。飛行機嫌いのラッセルをデトロイトまで送るのが俺の役目」

 1975年7月のある日、男(ロバート・デ・ニーロ)は妻アイリーンを連れ、ラッセル(ジョー・ペシ)と彼の妻キャリーを車に乗せ、デトロイトに向かうが、走り出して数分も経たないうちにラッセルの妻キャリーは「次の休憩はいつなの?」と尋ねて来た。キャリーとアイリーンはチェーンスモーカーだったが、ラッセルは禁煙の誓いを立てており、車の中で決して煙草を吸わせなかった。仕方なく、ハイウェイの道路脇に車を停めて、キャリーとアイリーンのために喫煙休憩をとっていると、少し先にガソリンスタンドのあるドライブインが男の目に留まった。男はラッセルに「見ろよ」とガソリンスタンドを指さした。ラッセルはガソリンスタンドを見て、「あそこか?? 嘘だろ」と笑った。そこは彼らが初めて出遭った場所だった。二人は黙って、歳月の流れをかみしめるようにガソリンスタンドを眺めていた。

 男の名前はフランク・シーラン、アイルランド系アメリカ人。欧州戦線に出征して帰国した後、1955年、家族を養うために精肉輸送のトラック運転手として働いていた。トラックで走っている時にエンジンの不調で立ち寄ったのが、あのガソリンスタンドだった。ボンネットを開け、フランクが往生している時、親切にも故障個所を突き止め、修理のアドバイスをしてくれたのがラッセルだった。「これで、走れるぞ」とラッセル。フランクは大いに感謝して、「フランクだ」と名乗り、握手を求めた。しかし、ラッセルは名乗らない。フランクは名前を尋ねるが、ラッセルはそれには答えず、反対にフランクの住まいを聞いてきた。「フィリー(フィラデルフィア)だ」 すると、ラッセルはさらに「よく行く店は?」とフランクに質問し、いくつかの店名を聞くと、「フランク、エンジンは修理工場で見てもらえよ。すぐにまた壊れるぞ」と言うと、フランクの腕をポンとたたき、去って行く。結局、ラッセルは名前も明かさないままだった。フランクはラッセルのことを「スタンドやハイウェイ沿いの店を仕切っている男だろう」と思い込んだ。

 ほどなくして、フランクは輸送中の精肉(牛の塊肉)を盗んで売りさばく副業に手を染める。「ステーキ&チョップ」店のオーナー、スキニー・レイザーが塊肉を高く買ってくれるというのだ。フランクはトラックに精肉を積み込んだ後、金属ベルトで封印したように装って、スキニーの店に寄ると最初は塊肉一本を降ろしたが、だんだんと大胆になり、ついには輸送中の塊肉を全て横流ししてしまった。さすがにそれは配達先で大問題となり、フランクは窃盗で訴えられる。

 彼は組合(チームスター)の弁護士ビル・バファリーノを頼り、剛腕の彼の弁護によって絶体絶命「有罪間違いなし」の裁判に勝利する。ビルはフランクが「どんなにピンチに陥ったとしても絶対に共犯者の名を明かさない」意思をもつ信頼に足る男であることを察した。祝杯を挙げに来た店で、フランクは「運命の再会」をする。ガソリンスタンドで助けてくれたラッセルと偶然出遭い、弁護士のビルがラッセルにフランクを紹介したのだ。食事の席で、フランクは流暢なイタリア語で「パンが美味い」とラッセルに話すと、ラッセルは驚いて「アイルランド人がどこでイタリア語を学んだんだ?」とイタリア語で尋ねる。フランクは戦時中、イタリアに4年滞在し、各地を転戦したことを話した。パットン将軍麾下の第45歩兵師団兵士として、サレルノ、アンツィオ、シチリア島のカターニア、どこも激戦地ばかりだ。「カターニア? 俺の出身地だ」とラッセルが喜ぶと、フランクは「アクセントがカターニア風だと思った」と返し、ラッセルはさらに満足する。フランクが従軍体験を話しはじめると、ラッセルは熱心に聞き入った。特に、フランクが「俺たちは上官の命令に従うだけだ」とドイツ兵捕虜達を森に連れ出して、穴を掘らせるとそこで射殺して埋めたことを淡々と話した時は黙って耳を傾けた。「上官からは特に指示はない。ただ、『早くしろ』と命じられるだけさ」 眼鏡の奥でラッセルの眼が光っていた。フランクは細かい指示を与えずとも、何を求められているか悟って、行動できる男。彼はそう確信した。

 ラッセルは、フランクを大いに気に入った。信頼に足るだけではなく、いかなる汚れ仕事をも黙って確実に遂行する意志と能力をもっており、しかも余計なことに首を突っ込まない静かな男だ。やがて、ラッセルからフランクに小さな依頼が入ってくるようになる。それは全て「裏社会」の仕事だった。フランクはラッセルの片腕として、順調に歩み出すのだったが・・・。


 配信直後に一度視聴した時と印象が大きく違った。これほど面白い映画だったことに気づかなかったとは、いったい、自分は何を観ていたのかと思う。凄惨な粛清と暗殺が描かれるマフィアの物語でありながら、ライトな語り口、陽気な音楽。それでいて脚本は緻密で3時間29分、だれることなく展開していくのだから素晴らしい。老人ホームの車椅子で独り言のように語りはじめたフランク(ロバート・デ・ニーロ)が「すべては結婚式を中心に回っていた」という通り、結婚式参列のためにデトロイトに向かう道中で彼が体験して来た全事件が回想で明かされる構造は見事だ。劇中、物語に深くからまない登場人物はテロップで「いつ、どこで、どのような最期を遂げたか」簡潔に明示されるのも、物語に不思議なリズムとリアリティを与えている。

 主人公フランクが次から次へと「殺し」のミッションをこなしていく中で、シチュエーションごとのルールを観客(視聴者)に解説するシーンはコミカルだが、とても興味深い。口径や消音器の有無、予備の拳銃が必要か否か。「こういう場合は箱から出したばかりの新品を使うことだ」という注意もあり、犯罪に使われた過去がある銃器を避けるケースも紹介されている。家族と一緒にレストランにいる人物を店内で襲撃する例では、22口径は威力が低く「女の使う銃だ」と除外。消音器付きの銃は「銃声で客たちが逃げ出すように」と除外し、45口径ガバメントは「銃声が大きくて数ブロック先のパトカーにまで聴こえる」とこれも除外。結局、彼が選ぶのは「威力は38口径とほぼ同じだが、扱いやすい」と32口径のリボルバーを二挺選択した。標的を警護するボディーガードには「恨みがないので顔や胸は避ける」とあくまで殺さず、排除のため一発だけ射つと決めている。劇中、不機嫌そうで寡黙なフランクがこうした解説を熱心に語るのは面白い。映画『グッドフェローズ』(1990年)でも同じだが、マーティン・スコッセッシ監督は主人公や重要な登場人物の独白で物語を展開するのが好みのようだ。観客(視聴者)には親切で、とても理解しやすい。

 この先、少しだけネタバレするので、未見の方はご注意されたい。












 映画『アイリッシュマン』は、極論すればフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)、ラッセル・ブファリーノ(ジョー・ペシ)、ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の友情物語だといえるだろう。フランクはラッセルに見出され、彼の庇護と重用のもとで頭角を現した。さらに、ラッセルはジミー・ホッファを警護するだけでなく、彼の仕事をサポートできる懐刀(ふところがたな)としてフランクを推薦した結果、ジミーとフランクは堅い友情で結ばれることになる。

 フランクは主人公だけに、ラッセルと出遭う前の経歴が唯一、具体的に描かれているが、彼が第二次大戦中「第45歩兵師団兵士として欧州戦線を転戦したこと」には大きな意味がある。ラッセルはフランクが「第45歩兵師団だった」と明かした時、真剣な顔で「本当か。それは大変だったな」と労ったことでも理解できる。第45歩兵師団はダッハウ強制収容所を解放した際、捕虜とした大勢のドイツ兵看守を射殺する「ダッハウの虐殺事件」を起こしており、本作を監督したマーチン・スコセッシはレオナルド・ディカプリオ主演の『シャッターアイランド』(2010年)で正にそのシーンを描いている。武装解除し、鉄条網の前に整列させたドイツ兵看守およそ50名を、米兵達が一斉射撃で皆殺しにする衝撃のシーンだ。本作では、森に連れ出して穴を掘らせたドイツ兵捕虜二名の射殺シーンに留まるのはドイツ兵捕虜大量虐殺事件では、作品全体のバランスを崩しかねないからだろう。それでも軽妙な語り口で展開する本作の中で、この捕虜射殺シーンはかなり異質に感じる。

 ラッセルは大物らしく常に冷静で、慎重だ。決して大きな声を出すことはなく、常に穏やかだが、この物語の「大切な要(かなめ)」の役割を果たしている。初対面のガソリンスタンドで彼がフランクに名乗らなかったのは、彼の用心深さもあるが、何より「仲間にするのは誰でも良い」と考えていないことが読み取れる。従兄弟の弁護士ビルに紹介されてフランクと食事をした際、フランクがイタリア語に堪能、欧州戦線を転戦しシチリアのカターニアに駐留していたこと、そして何より第45歩兵師団で戦い、上官の意図を汲んで黙ってドイツ兵捕虜を処分した胆力と裁量を認めたことが大きい。そして、ラッセルはフランクに仕事をさせるだけでなく、彼を庇護し、裏社会でのルールを教えている。フランクが「別のウィスパー」から商売仇のリネンサービス会社爆破を請け負った時、ユダヤマフィアにフランクの身柄を引き渡すことをブルーノに諦めさせ、命を救ったのは良い例だ。ブルーノはフランクに「ラッセルに感謝しろ。彼はお前にとって大切な存在だ」と諭している。ラッセルがいたからこそ、フランクは組織の中で活かされ、力を発揮できたといえるだろう。

 ジミー・ホッファを演じたアル・パチーノの存在感は圧倒的だ。何より、目力が凄い。瞬間湯沸かし器のごとく突然感情を爆発させて大声を上げ、怒鳴り散らし、それでいて、相手のミスをどこまでも舌鋒鋭く論理的に衝く。そしてついには激高のあまり、単なる頑固者の屁理屈を繰り返すに至っては、「さすが、アル・パチーノ!」とその熱演に感動すら覚える。豪快だが愛すべきキャラ、戦車のような強力な行動力ゆえに、全米トラック組合(チームスター)のメンバー達が熱狂的に彼を支持するのも納得だ。敵対する組織の刺客からジミー・ホッファを守るためにラッセルらマフィアがフランクをボディーガードとして送り込むのは、ジミーが委員長権限で莫大な額の組合年金基金から秘密裏にマフィアの活動資金を融資していたからに他ならない。正に、ジミー・ホッファとマフィアは蜜月時代にあったといえる。しかし、大統領選でケネディの政敵のニクソンに莫大な政治献金をしたことで、大統領選に勝利したケネディ陣営ににらまれ、ジミーの運命は徐々に狂っていく。ジミー・ホッファの逮捕収監を政権の最優先事項とするロバート・ケネディ司法長官らのたゆまぬと追及の結果、ついに有罪判決が下り、彼は刑務所に送られる。そして、そこで同じ組合幹部トニー・プロ(実はジェノヴェーゼファミリー幹部)と年金受給の件でトラブルを起こし、決定的な対立状態に陥る。ジミーは「破滅への階段」を上り出したことに気づかない。

 自分の収監中、刑務所から自由に操れると委員長に据えたフランク・フィッツシモンズがジミーの思惑に反し、組合年金を無制限で勝手にマフィアに融資しはじめたため、マフィアはジミーではなく「自分たちの言いなりになる扱いやすいフィッツシモンズ」を簡単に取り込んでしまう。組合委員長への返り咲きに執着するジミーは、フィッツシモンズとの抗争をはじめるが、フィッツシモンズの影響力を割くため裏技を駆使して、組合からのマフィア融資を停止してしまう。さらに、委員長選を有利に進めるにはトニー・プロの支持を取り付けるのが絶対不可欠だとラッセルとフランクに説得されて和解の場に向かうが、トニー・プロが15分遅刻した上に短パン姿で登場したことが許せない。「年金受給の件で失礼な態度をとったことを謝れば、ジミー支持を考えても良い」と譲歩したトニー・プロに、ジミーは「お前が先に、今日遅刻したことを謝れ」と子どもじみた返答をし、ついには殴り合いをはじめてしまう。

 トニー・プロの支持取り付けに失敗したジミーは、現委員長フィッツシモンズとマフィアの目に余る癒着という禁断の事実をTV番組で糾弾しはじめ、さすがにマフィアも看過することはできなくなってくる。ジェノヴェーゼファミリーのボス、アンソニー・"ファット・トニー"・サレルノが直々にやって来て、ラッセルとフランクに「ジミーを引退させろ。そうすれば、孫達と遊ぶ穏やかな老後が過ごせる」とマフィア五大ファミリーの我慢は限界に近づいていることを伝える。ジミーの身の危険を察したラッセルとフランクは何度もジミーに働きかけ、引退するよう熱心に説得を続けるが、他人の言葉に耳を傾けるジミーではない。彼は頑固の上に頑固、自分が思う通り、どこまでも意志を貫くのがジミー・ホッファだ。糾弾をやめろと言われれば、「俺は生きている限り、さらに激しく糾弾し続ける」と強く拒絶。フランクの表彰式当日、ラッセルとフランクがなんとかジミーを説得しようと「これは彼らからの最終通告だ」と繰り返し説明するが、ジミーは「やつらに俺を殺れるものか」と会話を打ち切ってしまった。

 ラッセルとフランクが、長いつきあいで信頼関係を築いてきた親友ジミー・ホッファをなんとか救いたい、おとなしく引退させたいと懸命に努力する姿は胸を打つ。他の人間であれば躊躇せず、瞬時に排除に動く彼らが逡巡し、何度も何度も説得に動くからこそ、三人の友情の強さと深さがみてとれる。フランク、ラッセルの必死の説得を受け容れないジミーの頑迷さが招いた「ジミー・ホッファ暗殺」により、三人の友情物語は終焉を迎える。

 フランク、ラッセル、ジミー三人の人間関係と同時に描かれる、フランクの娘ペギーの存在はとても重要だ。ペギーは幼い頃から、フランクとラッセルにはなつかなかった。二人の危険な裏の顔に気づき、明らかに怖がって距離をおいたのだろう。驚くほど鋭い観察力と直感だ。反面、ジミーとは相性が良く、ペギーは誰よりもジミーを慕っていた。誰もが恐れるジミー・ホッファの内面の優しさを感じ取っていたのかも知れない。ジミーとペギーは実の父娘のように心が通じていた。そんな彼女が長じて、フランクの表彰パーティーに出席。ジミーの求めでダンスをしながら、ラッセルとフランクの会話、そして、ラッセルとトニー・プロらが顔を寄せ合って密談する姿を遠くから目撃する。会話の言葉は聴こえなくとも、鋭いペギーはそこに何か「よからぬ企て」が存在していることを察したはずだ。ジミー・ホッファ失踪のTVニュースを家族で観ていた時、フランクが「ジョー(ジミーの妻女)に電話をするよ」と妻アイリーンに告げると、ペギーは「どうして電話をしなかったの?」と詰問する。しばし沈黙し、「今から電話する」とフランク。電話しなかったのではなく「電話できなかった」からだろう。彼女は、父フランクこそが失踪の原因を作った張本人で、ジミー殺害実行犯と確信。その日を最後に二人が会話することは二度となかった。 

 ラッセルという恩人のおかげで組織の中で出世し、無事に生き抜いたフランク。自業自得とはいえ、「ジミー・ホッファ失踪事件」を契機に最も大切にしていた娘たち、特にペギーとの絆が永遠に断ち切られてしまう。ラッセルや妻に先立たれ、老人ホームに訪ねてくる家族も友人もなく、独りただ静かに死を待つ姿はなんとも哀しい。

 ロバート・デ・ニーロ(74)、ジョー・ペシ(73)、アル・パチーノ(76)、そしてマーティン・スコセッシ(73)と全員が撮影時に70代を超えている。特に、デ・ニーロとジョー・ペシはデジタル加工により青年壮年時代を自ら演じていて見応えはあるが、見た目に若く見えるだけになおさら「ぎこちない動き」に老いを感じてしまう。観客として、スクリーンに映る彼らに親しみ、彼らと共に時代を歩んで来た「歳月の重み」がそこにある。俳優、監督、映画人として四人の総決算たる本作を観る時、映画が描く物語を超えた「言葉では言い表せない特別な感慨」を抱くのも当然だろう。


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