観る予定は全く無かったのだが、「九龍城砦の再現性が凄いから絶対に劇場で観るべき!」という熱烈なお薦めを受けたので、昨夜、仕事の手を止めて、劇場に向かった。実は、返還前の香港に出張に出かけた際、啓徳空港を離陸した直後に機上から本物の「九龍城砦」を目にしている。噂には聞いていたし、写真集も見ていたが、その異様な姿には圧倒された。こんな建築物が実在すること自体に興奮した。出鱈目な違法増改築を繰り返した結果、まるで、身体中に得体の知れない寄生虫を宿す「異形の生物」のようだった。その内部は迷路のように入り組み、アリの巣状の迷宮になっているだろうことは容易に想像できた。映画の舞台になった九龍城砦を観る、そのためだけに最終上映日の最終回に飛び込んだといって良い。
物語は、香港に密航して来た坊主頭の中国青年が賞金ほしさに、賭け対象のストリートファイトに参加するところからはじまる。
冒頭の格闘シーンの凄まじさで、本作が尋常なレベルではないカンフーアクション映画であることを私は理解した。とてつもなく素早い技の応酬、繰り出される突きや蹴りは重量感に溢れていて、ひとつひとつが実に痛々しい。粉々に割れたガラス瓶の破片の上を引きずられるシーンなど、目を覆いたくなる見事な演出だ(アクション監督:谷垣健治)。なんとか強敵を倒した坊主頭が胴元の大ボス(サモ・ハン・キンポー)から賞金を受け取ろうとすると、大ボスは「お前は強くて見どころがある。仲間に入らないか?」と勧誘。坊主頭が「黒社会には入らない」ときっぱり拒絶すると、大ボスは賞金をどうするつもりかと尋ねる。「その金で身分証明書を買う」と坊主頭。それならば、この金で身分証明書を作ってやろう、出来たら知らせるから、受け取りに来いと大ボスに言われ、その場を去る坊主頭。巡回の警察官の目に触れないように市場の雑踏の中で何日か時間を潰していた彼の元に大ボスの使いがやって来て、坊主頭は手下と共にボスの縄張りの奥深くまで案内される。途中、大ボスの組織が稼いだ大金の山々を大勢の子分たちが整理し、カバンや袋に詰めている作業場を通り、坊主頭は横目でそれを見ながら、ボスの元へ。「お前の身分証明書ができたぞ」と渡されたものは粗悪な偽造品で、一目でニセモノとわかるものだった。「こんなものはすぐバレる! 使い物にならないから、金を返せ!」と坊主頭は激しく抗議するが、大ボスの部下から「お前が依頼したのは偽造証明書だ」と鼻で笑われてしまう。それならば、と手近にあった大きな袋を奪うと、坊主頭は出口に向かって全力で走り出す。あわてて、彼を追う手下達に大ボスは「奴を逃がせば、殺す!」と激昂。坊主頭は手下達に追われ、破れた金網を抜けて、九龍城砦の中へ逃げ込む。九龍城砦の入り口まで追って来た手下たちは「ここは龍捲風(ロン・ギュンフォン)のシマだ。入るのはまずい」と躊躇した。龍捲風とは、数十年前、九龍城砦の支配権をめぐって激しい抗争を繰り広げられた時、黒社会を牛耳っていた雷震東の右腕「天才的な殺し屋」陳占(チャン・ジム)を斃した、伝説の男だ。現在の黒社会を支配する大ボスでさえ、龍捲風には一目も二目も置き、九龍城砦には立ち入らないのだった。九龍城砦に逃げ込むことで大ボスの手下達の追撃を振り切った坊主頭は、そこが恐ろしい魔境であることに気がついていなかったのだが・・・。
この先、少しネタバレします。未見の方はご注意ください。
九龍城砦の治安を守る龍捲風(ロン・ギュンフォン)の部下、信一(ソンヤッ)は大ボスの手下達に追われて何者かが九龍城砦内に入ったことを知り、狭い九龍城砦内をバイクで追跡をはじめる。バイクを巧みに操り、狭い通路や階段もバイクに乗ったまま追跡してくる信一(ソンヤッ)はナイフ使いの達人でもあった。ストリートファイトで見事なカンフーを見せた坊主頭もたちまち防戦一方になり、狭い空間に並んで建つ隣の棟に飛び移ったり、蜘蛛の巣のように張り巡らされた架線を伝って、下の階に飛び降りたり、立体的に逃げようとするが九龍城砦の構造に熟知した信一(ソンヤッ)らの追跡は振り切れない。ついに、九龍城砦内で営業する理容室(床屋)に追い詰められる。床屋の主人を盾にすると首筋に刃物を突きつけ、「見逃せ!」と信一(ソンヤッ)達に懇願する。信一(ソンヤッ)達はどうしたことか、床屋の入口で立ち止まったまま追って来ない。坊主頭が怪訝な表情を浮かべた瞬間、彼は床屋の主人に投げ飛ばされた。坊主頭は激しく防戦するが、床屋の主人は圧倒的なスピードで次々に技を繰り出し、とても敵わない。あっという間に打ち倒され、右腕を折られてしまう。床屋の主人こそ、大ボスが恐れる龍捲風(ロン・ギュンフォン)、「龍(ロン)兄貴」と慕われる九龍城砦の守護者だったのだ。
冒頭の賭けストリートファイト、大ボスの手下達からの逃走劇、信一(ソンヤッ)との戦いを経て龍(ロン)兄貴の登場まで実にスピーディーな展開だ。流れるように、ガンガン進む。物語を説明する情報量が膨大で、筋を理解するにはちょっと展開が速すぎる。数十年前の九龍城砦の利権をめぐる抗争で敵方の雷震東、その右腕の陳占(チャン・ジム)。彼らと対立する秋兄貴(現:九龍城砦大地主)、虎兄貴、そして、抗争に終止符を打った龍(ロン)兄貴。現在の黒社会を支配する大ボス(大兄貴:サモ・ハン・キンポー)とその右腕で気功の達人・王九(ウォンガウ)。龍(ロン)兄貴に気に入られ、九龍城砦で働くことになった坊主頭は陳洛軍(チャン・ロッグワン)、彼と友情で結ばれることになる龍(ロン)兄貴の右腕ソンヤッ(信一)、九龍城砦内で治療院を営む「マスクの医師」四仔(セイジャイ)、薬物中毒だった13歳の時に龍(ロン)兄貴に救われ、今は虎兄貴の右腕である十二少(サップイー)。主要登場人物だけでも、これだけの人数になる。顔と名前、関係性を覚えるのは大変だ。
九龍城砦内で働くことになった陳洛軍(チャン)が中華屋の親父から10個くらい並べた容器ごとに違う調味料の分量を教わる時、とんでもない速い口調で言われるので何度聞いても覚えられない。「どうして覚えられないんだ!」と親父にこっぴどく叱られ、ついには「もう少しゆっくりお願いします」と哀願するシーン。本作の展開が、正にこれだ。物語の筋を追うのに必要な情報(人間関係)が複雑なのに、描き方が速すぎる。その上、登場人物個々の背景描写が浅い。「龍(ロン)兄貴と陳洛軍(チャン)の間に生まれる疑似親子愛(子弟愛)」「陳洛軍(チャン)と仲間達三人(信一、四仔、十二少)と結ばれる友情」、それぞれの醸成期間がとても短く、私にはあっさりしたものに感じられてしまった。何か通じ合うものがあって、短時間に密接な信頼関係を築けたのはわかるが、素材が良いだけにもう少し尺を使って丁寧に描いてほしかった。ブルース・リーの『ドラゴンへの道』やチャウ・シンチー監督・主演の『カンフー・ハッスル』のように胸が熱くならなかったのは、やはり、登場人物の背景の描き込みが浅いからではないだろうか。一度目で複雑な人間関係を把握し、二度目を鑑賞すれば印象はかなり違って来るのかも知れない。
カンフーアクションシーンはとんでもなく凄いのだが、あまりに多く、かつ長過ぎることも気になった。シリアスなドラマの中に「現実離れした、ほぼ不死身の難敵」が登場することも、いささか興を削ぐ。ソイ・チェン監督は「漫画チックなキャラ、漫画チックな動きにこだわった」そうだが、このあたりは好みがわかれるところだろう。同じ「漫画チックな描写」でもチャウ・シンチーの『カンフー・ハッスル』で私は感動できているのだから、やはりこれはドラマとのバランスの問題だと思う。
九龍城砦の描写は、ただただ、素晴らしい。これだけの規模で再現してみせただけで本作はすでに大成功だ。猥雑で、怪異で、人々の底知れぬ逞しさと明るさを感じさせると同時に、調理や炊飯、煙草の臭いまでが漂って来そうな奇跡のセットには感心する。。そして、どこか「昭和の日本」に通じる、懐かしく温かな郷愁。この完成度はもはや再現ではなく「本物」と呼ぶべきかも知れない。個人的な希望を言わせてもらえば、カンフーアクションの尺をもっと削って、九龍城砦を舞台にした『三丁目の夕日』のような人情ドラマに仕上げてほしかった。
余談。
2019年11月17日に閉店した、川崎のアミューズメントパーク「電脳九龍城砦」の画像を貼っておく。映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』を観たあとで見ても、クローン内装はなかなかのレベルだとわかる。
◆フォトアルバム「『電脳九龍城砦』閉店」
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000106504351&owner_id=6007866
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