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2024年07月17日09:02

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映画「関心領域」

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あちこちで評判を耳にしていた映画『関心領域』。みなとみらいの横浜ブルグ13で観て来た。すでにどこも上映期間が終了しており、早朝の回しかないのも仕方ないだろう。劇場の大きなスクリーンで観ることができたのは幸運だと思う。

 15年ほど前のことだ。東部戦線の凄惨な状況について意見交換した際、ドイツ史にも第二次世界大戦史にも精通する博覧強記のマイミクさんから興味深い話を伺った。それは、東方戦域における、アインザッツグルッペン(特別行動部隊)をはじめとしたロシア人、ユダヤ人の集団殺戮を担当する、ある部隊についてだった。国防軍や武装親衛隊の占領地で「ドイツ帝国のため生存は害悪」と見做された民間人を捕らえ、殺戮する専門部隊の存在はソヴィエト映画『炎628』(1985年)などで知られている。マイミクさんが教えてくれたのは「犯罪者や懲罰として集められた隊員で構成された部隊は喜々として一般人の殺戮を開始したが、徐々に精神に変調を来たし、ついには使い物にならなくなった。対して、良識ある年配者で構成された部隊ははじめこそ動揺したものの、すぐに立ち直り、やがて、どの部隊より効率よく任務をこなすようになった」と。つまり、犯罪者など社会からはみ出した者、嗜好によって殺人を繰り返す者は罪もない老若男女を毎日のように殺害するという重圧に押し潰されるのに対して、社会的に成熟した者は使命感と強い意志によって、苛酷な殺戮任務に耐えることが可能だったのだ。その前提として、1930年代から社会に根づいていたユダヤ人排斥運動や憎悪と共に「国家に仇なす害悪の駆除は国家貢献」という信念が存在したことは明らかだろう。それでも、対象者と直接顔を合わせて射殺する行為は隊員たちの精神的負担が大きいことに変わりなく、絶滅計画の効率化を図るために強制収容所の設備改変が推進されていく。このあたりの経緯は、映画『ヴァンゼー会議』(2022年、邦題「ヒトラーのための虐殺会議」)などで詳しく描かれている。

 強制収容所の中でも、最も有名なアウシュヴィッツ。その収容所長を務めたルドルフ・ヘス親衛隊中佐とその家族の生活を描いたのが、映画『関心領域』だ。驚くべきことに、ヘス一家はアウシュヴィッツ収容所の隣に邸宅を築き、塀を隔てただけの空間で家庭生活を送っていた。不気味な機械音が一日中響き、焼却炉の巨大な煙突はもくもくと灰色の煙を吐き出す。塀の向こうからは看守達の号令と怒声、収容者達の悲鳴や銃声が絶えず聴こえてくる異常な環境が、彼らの家だった。

 この先、ネタバレします。










 


 収容所の塀の向こうの映像は皆無だ。有名な「労働こそ自由への道(Arbeit Macht Frei)」の標語が掲げられた正門の映像すらない。何が起きているのか、観客に与えられる情報は「音」だけ。映画『シンドラーのリスト』(1993年)、『聖なる嘘つき』(1999年)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(1999年)、『シャッターアイランド』(2010年)などを観た者ならば、収容された人々を待つのがどんな運命か知っている。残虐描写を一切省きながら、ホロコーストの恐ろしさと真摯に向き合った作品として本作は映画史に残るだろう。直接的にアウシュヴィッツの惨状を描かない代わりに、収容者達の末路は断片的に示唆される。川面を覆うのは、焼却炉から廃棄された大量の骨灰だ。ヘス夫人の庭園に撒かれているのも灰だし、風向きが変われば遺体を焼く異臭が室内に漂い、灰が降る。長男が夜、ベッドで宝物のように愛でるコレクションは遺体から回収した金歯の数々。塀の向こうから聴こえる「何を争っていた! リンゴの奪い合い? 川に沈めろ(殺せ)!」という看守の怒声に反応して、幼い次男は人形に「二度とヘマはするなよ」と静かに語りかける。長女は異常な環境が原因してか精神が不安定で、夢遊病を発症している。

 この映画が本当に怖いのは、アウシュヴィッツ所長として有能ぶりを如何なく発揮する親衛隊中佐ルドルフではなく、彼を自在に操る妻ヘートヴィヒの存在だ。強制収容所は絶滅計画の最前線に立つ殺戮部隊隊員の精神的負担を軽減し、さらに効率よく短期間で対象者を処理することを目的に建設されている。そこに配属された看守や警備兵達には、対象者を虐待し殺害することに躊躇いはない。国家的な大プロジェクトの一員として、自分に与えられた任務を全うすることに専心するのみだ。だから、収容所長たるルドルフが「塀の向こう側の喧騒」を気にせず、職務に精励するのは当然のこと。彼は焼却炉の処理能力向上を図るためにメーカーと循環式焼却炉の開発を検討し、ガス室では強力なチクロンBを導入するなど、大きな業績を上げていた。

 妻ヘートヴィヒはどうか。アウシュヴィッツ収容所の隣という環境に彼女は心から満足していた。邸宅の設計に関わって、最初からセントラルヒーティングを備えさせ、庭園のデザインからプールの滑り台まで事細かく指示し、好きなように邸宅を築き上げていた。収容者達が畑で収穫する作物など食料はふんだんに提供され、何不自由ない生活を満喫。裕福なユダヤ人女性が列車で移送されてくると、彼女たちから奪った絹の肌着や毛皮のコートなどが手に入った。現地のポーランド女性が住み込みのメイドとして働き、末っ子の赤ん坊の世話まで彼女たちに任せていた。アウシュヴィッツは楽園であり、正に、ヘートヴィヒはその女王だった。そんな彼女が本性を現したのは、夫ルドルフが異動(昇格、栄転)となり、アウシュヴィッツを離れると明かされてから。「あなたは収容所長として素晴らしい業績を上げたのに、異動なんておかしい!」「(上官の)ヒムラーに訴えて、異動を取り消してもらうべき!!」、はては「全てはヒトラーの命令なんだから直接ヒトラーに断ったら良い!」とめちゃくちゃな要求をする。いくら、絶滅計画推進に貢献しているとはいえ、たかが親衛隊中佐のルドルフがヒムラー長官に交渉することなどできるわけがなく、ましてや総統に直訴するなど不可能だ。苛ついた彼女はメイドの些細なミスに激昂し、「あなたなんて夫に言って灰にし、あたり一面に撒いてやるわ」と呪いの言葉を吐く始末。アウシュビッツで行われていることの全てを彼女が充分に理解していることがわかる恐ろしいシーンだ。ヘートヴィヒの関心は夫の昇進でも業績でもなく、自分の楽園(アウシュヴィッツの家)での生活を守ることだった。結局、彼女は夫ルドルフに単身で任地に赴くことを勧め、上司には「妻子を今の家で生活させること」を異動の条件として呑ませてしまう。

 ルドルフは軍人というより、事務畑管理畑を専門に歩いて来た能吏だ。単身赴任後も、周囲の期待に応え、着々と実績を重ねていく。しかし、会議の席上、業績を認められて親衛隊大佐に昇進したのは彼ではなく、別の幹部だった。彼にとっては不本意だったろう。家庭では妻ヘートヴィヒに体よく単身赴任に追いやられ、ハンガリーからのユダヤ人移送計画が「ヘス作戦」と名付けられた喜びを分かち合おうとアウシュビッツのヘートヴィヒに長距離電話をかけるが、「もう、深夜だから。おやすみなさい」と早々に電話を切られてしまう。彼の関心は妻ヘートヴィヒに認められることと、親衛隊組織の中でさらに栄達することだけだ。それ故に彼は日々、ストレスと戦いながら職務に邁進している。仕事と家庭の両立に心を砕く、どこにでもいる「普通の男」だと言えるだろう。ラストシーン、階段を降りていく彼が途中で吐き気を催し、何度も吐いてしまうのは未来の「アウシュビッツ記念館の幻」を直視したからでは、決してないと思う。善悪は別として、信念をもって国家のために業務を遂行した彼に後悔は微塵も無いはずだ。


 余談。

 タイトルがフェードアウトしたあとのブラックが異様に長い。続く、川の畔のシーンがこれまた不必要に長い。BGMも意味不明な不協音声だ。そして、撮影ではズームもパンも一切ない。全て、フィックスカメラ(固定カメラ)の広角画面をカットつなぎで編集している。カメラの動きがあるのは、唯一、収容所前の道路を妻ヘートヴィヒが川に向かうシーンだけだ。これも道路と並行したレールの上をカメラが広いサイズのまま彼女を追っているに過ぎない。これらの撮影・編集が意図するものは、観客に緊張を強い、不快感を与えることだろう。普通の映画にはしたくない、という制作陣の強いこだわりを感じる。
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