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2024年05月23日02:17

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これが実話なら、お気の毒としか言いようがないけど、やはり僕は軍隊というものを認めたくありません。エレガンス・ブラットン監督「インスペクション ここで生きる」(2022)。

エレガンス・ブラットンという監督は、これが映画監督として長編デビュー作。短編やテレビ物を監督しているらしい。この映画は、自らの体験を映画にしたものだそうです。例によって“事実を基にしている”とテロップが出ました。

物語は、25歳の青年エリス・フレンチ(ジェレミー・ポープ)がホームレス生活から抜け出そうと海兵隊に入隊を希望する、というもの。海兵隊志願書には出生証明書添付が必要なので母親イネス(ガブリエル・ユニオン)を訪ねますが、海兵隊に入ると言うと“ゲイの人間が入れるはずがない”と信じない。

その母親の部屋では宗教番組がつけっぱなしで、“ゲイは犯罪だ”と説いているのでした。そんな母親だから、16歳で家を飛び出しホームレス生活をしていたらしい。そして実際に、過酷な新兵教育の最中に、ゲイであることを知られて散々な目に遭うという展開でした。

原題の「The Inspection」は、検査とか点検という意味のようです。「フルメタル・ジャケット」などでおなじみの“しごき”が展開するので、95分しかない作品ですがその大半が新兵訓練場面でした。僕はこういう場面が嫌いだから、見るべきではなかったと後悔しましたけど、時すでに遅し。というか、実は新兵や訓練教官たちの中にもゲイの人間がそこそこ存在する(当たり前だけど)のでした。

ところが実の母親のイネスは、息子が海兵隊に入隊できたと知り、入隊式にいそいそと駆けつけます。つまり相変わらず“ゲイは病気”と考えていて、“ようやく治った”と喜んでいるわけです。“私と一緒に暮らしてもいい”と。

そんな母親に対しエリス青年は、きっぱりと“あなたが僕の母親だということは変わらないが、僕は海兵隊員として生きる”と言い切るのでした。すでに軍隊では、同性愛者を排除することなく、またキリスト教徒でなくても(イスラム教徒であっても)新兵訓練を修了したら一人前の兵士として扱うのに。

そんな結末なので、ひとりの人間の生き方として主人公エリスの姿勢は“正しい”のですが、人殺しの訓練を受けて世界各地に派遣されるという事実はそれでいいのか?と思ってしまいます。ロシアとウクライナの戦闘が長引き、ロシアだけでなくウクライナも“刑務所にいる受刑者を兵士に採用”し始めました。

つまり軍隊でさえ“偏見を改めている”のに、一般市民が差別意識を保ち続けているという皮肉な現象が、現出しているのでした。そんな悲劇を一身に背負ったエリス青年には同情しますが、自分が認められるには兵士になるしかないという発想はいかがなものか。ポームレス生活を抜け出すには、ギャングとして生きるか兵士になるかだ、という二択は問題だと僕は思う。

新兵訓練に参加した人間の中には、無職だけれど妻が懐妊したから入隊して家族を支えるしかない、という人間もいます。実際にアメリカ軍は、不法移民であっても兵士になれば市民権をもらえると宣伝していました。彼らの命は“国益”を守るために使用される。その“国益”の99%を、全人口の1%の人間が所有しているのに。

ということで、大局的には非合理である軍隊という存在が、外面的にはいわゆる差別をも乗り越えているように思えますが、それが命の壁として用いられているというレトリックに対して、僕は相変わらず納得できません。だから“息子はゲイという病気にかかっている”と信じて疑わない母親に対しては否定したいけど、そのかわりに軍隊を認めることは出来ないのでした。

ということで、社会的に存在を認められる(市民としての権利を得る)ためには、命を投げ出すしかないという不幸に対しては同情しますが、この結末では映画として評価できません。そして95分でスマートにまとまっているから出来は良いのですが、僕はこういう映画を“いい映画”として褒める気持ちになれないのでした。

写真3はエリスの母親イネスで、制服によるとニュージャージー州の矯正局に勤務しているようです。役所には偏見を持ったままでも勤められるらしい。怖い、怖い。
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