「恵比寿の壺のオブジェ、こすると魔王とか出てきそうですね。でも今の若い子たちは知ってるのかなあ」
「そんなアニメ、知らない」 目を泳がすお師匠さま。
アニメなんて言ってませんけど、と返したら足を踏まれた。
Ｋのシネマはバレエのビューポイントを熟知している人が制作に関わっているらしく、バレエ映像としての出来は上質の部類に入るし、人は基本保守的とのことなので観慣れてくれば印象も変わるかもしれない。舞台観覧では見落としたところもあるかも。ということで表題のシネマを観てきた。
斬新な展開はやはり面白いし、新しい発見というよりは興味深いところもあったので観た甲斐はあったが、作品としての残念感と、熊さんへの不信というか心配も増してしまった。
まずカラボスの立ち位置がおかしい。「隣国の君主」というのが「あらすじ」の誤記ではないとしたら、造り手がそのほかの設定をどれだけ緻密に構築していたとしても、観る側は子供向けの幼稚なおとぎ話としか思わない。熊さんが創りたかったのは、本当にそんな作品なのだろうか。
好意的にとらえるのなら、「あらすじ」には妖精とも人間とも書いてないから、性格の悪い妖精の治める国なので日頃から疎んじられていて、無意識に招待客リストから外されてしまったとの解釈もできなくはないけれど、それが気に食わないからと窓から乱入、他国の王や王子たちに乱暴狼藉をはたらくカラボスのやっていることは他国への武力行使、戦争をしかけているようなもの。
新熊版の名無しの妖精たちは招待された王子たちの国の守護妖精という設定なのだから、カラボスも隣国の守護妖精で、侮辱された（招待されなかった）君主に代わり独断でクレームを付けに来たとすれば、妖精は人間界のルールが通用しない存在だから仕方ないよね、と逃げることもできるし、そもそも本筋とは関係のない、君主であろうが野蛮な妖精であろうがどうでもいい設定を無理矢理用意するくらいなら、そこは手を加えず「近所に住む感じの悪い妖精」のままでいいんじゃなかろうか。
自分より大柄な騎士や王さまを片手でちぎっては投げるカラボスは面白いし、鏡を手に己の美貌にうっとりする様子や、執事（他の版では式典長に相当）の首を絞めながら目を細めて王さまを威嚇する小林さんはいよいよ演技にも目覚めつつあるのかと嬉しかったから、カラボスのキャラそのものに文句はないけれど。（笑）
観覧日記では、眠りについたオーロラをなぜ安全な城内からわざわざカラボスの部下が徘徊する危険な森の中に運び出したのだろうと疑問を呈したけれど、引っこ抜くだけで脅威が解放されてしまう王家の杖も無造作に森に放置されていた、ということにも気付いてしまった。（笑）
演出面にもいろいろ思うところはあるが、最も残念だったのはやはりオーロラの初登場シーンだろう。普及版では王様夫妻と臣下、婿候補、妖精たちが勢揃いし、演奏でも盛り上げ、期待感がピークに達したところに愛らしい姫が「初めて」姿を見せる。あのわくわく感は見事としかいえない。
新熊版でもその場面は採用されているが、ご存知の通りその前にオーロラはすでにデジレとの出会いを果たしているから、宮中での登場場面が盛り上がれば盛り上がるほど白けてしまう。オーロラがデジレの人格の急変に驚くという描写を入れるには、事前に２人を会わせておく必要があるというのはわかるが、それでは「眠れる“森の”美女」だからと森の中にオーロラを放置するのに通ずる、手段が目的になってしまった悪手に感じる。
演出面で残念というよりは気になったのが、オーロラがデジレの持参した黒薔薇の棘に刺される場面。劇場で観た時は、黒薔薇を受け取った岩井オーロラが香りをかぐ際に誤って棘を刺してしまったように思えた。その様子が毒蛇に咬まれるニキヤを連想させ、苦しむオーロラが落とした薔薇を栗山デジレが何気なく拾い上げて証拠隠滅を図った、と記憶している。我が師も同じようにニキヤを連想したと語られていたから、見間違えた可能性は低いように思う。
しかしシネマでは、山本王子は片手で薔薇を日�皀�ーロラに押し付け、もう一方の手で彼女の喉を締め上げており、いかにも殺しにかかってますというこの演出の方がインパクトはあった。もしニキヤ・バージョンが我々の見間違いではないとしたら、配役によって演出を変えていたことになるが、そうなのだろうか。
以前はキャスト違いを観たくて劇場に通っていたが、残念ながら今のＫにはそこまでの魅力は感じないし、渋谷の雑踏も鬱陶しいので、今回の「眠り」観覧は１回のみにした。とは言えほかの日にも気になる踊り手はいるから、別配役のシネマはありがたかった。
まず日�發気鵝Ｈ單腓気鵑�観るたびに良くなっていたから、日�發気鵑砲發修譴魎�待していたんですけど、とお師匠さまに話したところ、飯島さんが伸びているように見えるのは、もちろん本人の努力もあるだろうけど、そもそものスタート地点が低いので伸び代幅が広いからでしょ、と突っ込まれてしまった。それはともかく、日�發気鵑琉�象は特に変わらなかった。
相変わらず腕使いは綺麗だし、しかもその長い腕を持て余すことなく使っているところはポイントが高い。団内の階級は相対的なものだから、小林さんより上という点を除けば、プリンシパルという階位にも、いまのＫなら消去法的にありかなとは思う。もっとも我が師は「あの腕の長さなら、もっと大きく広く空間を使った踊りができるはず」と厳しい。
相変わらず踊りから音楽は見えてこないし、演技も淡泊なので、残念ながら今回も贔屓リストには入らなかった。シネマでは表情がアップになるからまだいいが、王子の豹変に気付いた時、再会の喜びから驚きへの感情のうつろい、さらにはなぜという疑念は岩井さんの方が明瞭だったし、狼から助けられた時の反応は薄すぎて違和感を覚えた。あそこは命にかかわる危機から救われただけでなく、王子との運命的な出会いの場面なのだから、胸にピンクの矢を立て瞳をハート形にするくらいの演技をしないと。（笑）
演技といえば、群舞たちにも違和感が。たとえばデジレが黒薔薇を渡す時、周囲の驚き具合が変と感想を記したが、他国の王子たちがしまった先を越されたとか、こいつ抜け駆けしやがって、と驚くのならわかるが、それ以外の人があそこまで驚くのは変、とお師匠さまも思っていたそうな。驚くのなら、山本デジレがオーロラを殺しにかかった時だろうに。
また１幕、赤ん坊のオーロラを乗せた乳母車がカラボスに魔法で引き寄せられて行く場面では、誰もそれを阻止しようとしない。強力な魔法に抗えないのだとしても、せめて駆け寄ろうとか、止めようとする仕草をしてもいいのではないだろうか。
一方、山本デジレからは喜怒哀楽がストレートに、表情だけでなく踊りからも伝わってくる。狼に襲われるオーロラを助けようと飛び出してきた時など全身から光を発しているかのようで、まさに姫を危機から救う王子の鏡。感情表現はまだシンプルで浅いが、経験を積めば、あるいは良い先生に巡り会えれば、深みを増していくだろう。
踊りから感情が伝わってくるといえば杉野くんもそう。シネマでは他国の王子のほかに狼を演じていたが、王子の中ではいちばん目立っていたし、狼も楽しそうだった。（笑） 相方の山田黒ずきんも感情表現が豊かだから、組んだ時の相性もいい。
リラの精は成田さんをもってしてもいまひとつだった。戸田さんよりは存在感を出していたが、踊りにのびやかさがないのは改悪された振付のせいだろう。ここだけは声を大にして言いたい。プーチンではないが、熊さん、余計なことを。
岩井さんはオーロラに続きフロリナも観られたが、彼女はクララの時の方が良かったように思うのはなぜだろう。
宝石の堀内さん、あの衣装がありなら、「バヤ」の黄金像も苦労して粉を塗りたくるのではなく衣装でいいと思う。
シネマを観て、もっと長大な話だったという熊さんの原案の内容をますます知りたくなった。というのも、不親切な普及版の行間を読み解いて、原典を尊重しつつ物語的にも整合性のとれた作品に再構築する、というのが熊川版の特長だった。ところが今回の「眠り」新作競演は、彼のお株を奪う丁寧な改訂をしたユカリューシャ版の圧勝だった。新熊版のアイディアは面白いけれど未消化感が残ったので、もしかしたら原案はもっと整然とした作品だったのでは、と思ったからだ。
画面を眺めていたら、策士策に溺れるの典型だったヒューストンのウェルチ版「白鳥」を思い出してしまったが、我が師はキャシディさんの「今のＫでテツヤに意見できるのは自分しかいない」という言葉を思い出していたという。観客の我々ですら物語がおかしいことに気付いたのだから、制作の段階でスタッフが気付いていないはずはない。にもかかわらずそれを修正できなかったのは、キャシディさん不在の今、熊さんに進言できる人がいないのでは、と思われたそうだ。
しばらく前までは、Ｋバレエ、新国、東バを比べると、Ｋバレエが頭抜けて上手かったが、昨今はそうでもなくなった。足音はするようになったし、踊りも昔のように縮こまった感じになってしまった。ロシア式を身に着けた東バの方が大きくのびやかで優雅だ。
バレエ団の力量には波がある。いくら優れたダンサーが揃っていても、彼ら彼女らはいつかリタイアするし、その後任をタイミング良く育てられなければレベルは下がる。しかし経営側が育成の努力を怠らなければ、いずれバレエ団はレベルを盛り返してくる。
でも経営側が迷走してしまったらどうだろう。最優先すべきものをバレエの力量ではなくブランドにしてしまったら？ 今はまだレベルの高いバレエ団ではあるが、パリオペ臭のしてきたＫバレエは大丈夫だろうか。
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