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2023年08月06日18:46

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最後の作品

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司馬遼太郎がこの作品を世に問うたのは、昭和62(1987)年のこと。これを最後に以後彼は小説を書かなくなった。背景に何があったのか。もはや創作では己の信条を表し切れないと悟ったとか、いろいろ言われていた。

少なくとも以降のこの大家は、小説家の仮面を脱ぎ捨て文明批評家として生涯を終える。その理由を考察したい気もするが、むしろここでは稀代のエンターティナーであった彼の事実上の絶筆に焦点を当てよう。

桂庄助とアビア。国も習慣もまったく違うこの男女の出会いから、物語は大きく展開する。江戸初期の時代はいよいよ泰平の世に移り変わろうとした時代に成人し、このままくすぶって生きていくかに見えた青年が何者になるかもわからぬまま中国大陸へ渡っていくさまは小説の執筆を通して何事かを追い求めていた作者の生きざまをなぞるかのようだ。

特に女真族の集団に奇食しているうちに、自分の人生は儚いものだと自嘲する庄助のさま。ひょっとしたら、司馬さんは数多くの歴史小説を産み出しながらも、追体験とは違う生き方を味わってみたいと思ったのではないか。

もしも自分が小説家になっていなかったならどんな人生を送ったのだろう。やり甲斐を感じながらも心の隅にそんな風に思ったことが、桂庄助という架空の人物を清王朝が勃興しようとしていた中国大陸に放り込むという絵空事を考え出したのではないか。

そう、まかり間違えば荒唐無稽と捉えられかねない舞台設定をすることで、司馬遼太郎という功成り名を遂げた大作家は絶筆の作品として完成させた。それは解説で向井敏が指摘しているように、出世作『梟の城』のように歴史上の人物を配役に置きながらも架空の人物を主人公にして物語を回すという、一種の原点に立ち返ったともいえる。

ただの原点回帰ではない。30年以上にわたって磨いてきた比喩など、表現し得るものを出し尽くしての総決算である。司馬遼太郎の作家としての最後の区切りとしても、一つの到達点としてもっと注目してもよかろう。

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