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2023年07月14日11:01

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かりそめの平和のために

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人の世のありようというのは、何をもって正常とするのだろう。戦乱に明け暮れる日々を常態とするのか、それとも人々が笑って暮らせる平穏な日常をもって是とするのか。本編の主人公"図書館の魔女"ことマツリカは、後者を推すことにためらいを持っていないことははっきりしている。

それを彼女自身の理念を体現した結果とみるか、平和に対する飽くなき欲求ゆえのものと見るか。他人からは人として大事な何かが欠けていると思わせる一面もあるマツリカが、それでも殺戮や戦争を憎む一途さに、キリヒトやハルカゼ、キリンといった側近の者たちがまず心を動かされ、彼や彼女たちの言動を通じて周りの者たちも行動を共にするようになる。

特に下巻の、刺客によって重大なハンディを背負う羽目になったマツリカがそれでもなお、戦乱を引き起こして私利私欲を貪ろうとする者たちに対抗していくさまは悲壮感を伴ったカタルシスを感じさせる。

たとえば上巻の後半部、図書館に似つかわしくないと思えた少年キリヒトが、実は刺客から身を守るために派遣された用心棒と判明した時のマツリカの驚きと悲しみ。

立場が違えば暗殺者となりうるキリヒトに、そんなものは宿命じゃない捨ててしまえと言い放つマツリカ。これを女性特有のヒステリーと見るのはあまりに短絡的だ。彼女にとってこの少年は、自らの言葉を代弁してくれる得難い存在である。だからこそ、その両手を血に塗れさせることを宿命だなどと思ってほしくはない。

それは平和に対するマツリカの思いが、単なる絵空事の空理空論ではないことと結びついている。あるいは大事な人、たとえば両親を政争に巻き込まれて失ってしまったという過去があるのではないかとさえ思わせる。

事実上、これがシリーズの第一作となったこの作品には、マツリカを筆頭にさまざまな魅力的なキャラクターの今後が気になる展開となっている。

たとえ十年、二十年かくらいのかりそめの平和であったとしても、それを成し遂げるために血の滲むような努力をする人たちの奮闘にエールを送りたくなる。何より彼女ら、彼らの未来に幸あれと祈りたい。

第45回メフィスト賞を受賞したベストセラー作。

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