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2022年12月18日02:39

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この映画を十代後半に見ていたら、もしかしたら夢中になって褒めていたかも。リサ・ブリュールマン監督「ブルー・マインド」(2017)。

父親が転職したために、転校を余儀なくされた女子高校生が主人公の青春映画です。とはいえ、明るく青春を描いた作品ではありません。むしろ成長への不安感や自分が特異な体質を持っているのではないかという不安感を描いています。カメラは16歳の少女(と言えるのかな)に密着しますが、僕が忌み嫌う“ブン回し”ではないので助かりました。

16歳の少女ミア(ルナ・ヴェドラー)は、チューリッヒの高校に転校します。転校生ということで、最初おとなしそうな同級の少女が声をかけてきますが、ミアはその誘いにのらず不良グループと目されている一団に接近します。そしてそのリーダー格のジアンナ(ゾーイ・パステル・ホルトゥイツェン)がミアに興味を示す、という展開でした。

僕は、ミアを追いかけるカメラにさほど違和感を覚えなかったのでした。それは冷静な色彩感覚などによるところが大きい。ミアが、自分が本当に両親の子供かどうか疑うと、仲間から“私とおんなじじゃん”という言葉が出るあたりも、ストレートに受け止めることが出来たわけです。それは子供から大人へと成長する少女たちへの共感へと繋がりました。

ということで、ざっくり言うとロマン・ポランスキーの「反撥」を思い出したわけです。高校生の頃に見たあの映画は、「映画評論」誌の種村季弘氏の文章とともに、僕に大きな影響をもたらしました。それを21世紀風に一大リメイクした映画が「ラストナイト・イン・ソーホー」だったわけですが、それはまた別の話。

今回はどちらかというと、ギレルモ・デルトロ風に物語が寄っていきます。途中からは「大アマゾンの半魚人」へと寄るので、それはちょっと…と思いました。とはいえ、“母なる海へ帰る”というモチーフは、その限りない寂しさとともに僕には有効でした。←どの程度かというと、「リトル・マーメイド」ではなく「半魚人」だったという程度。

ということで、60年前にこの映画に出遭っていたら、僕は熱狂したかもしれないなということです。十代の後半という時期は、いろんな展開が襲ってきます。中でも、思考という方面では刺激が多い時代でした。いろんな刺激に一喜一憂する自分に、なんか自信が持てなかったり自惚れたり。それを、ふと思い出させる部分がこの映画にはあります。

とはいえ、こういう映画をあまり高く評価しすぎてもいけませんね。何しろ四半世紀を3度も生きてきたわけです。生きることが大前提の僕は、むやみに危険を求めはしません。しかし、そんな危うさを身近に感じていた時代を忘れもしません。そういう意味で、この映画における親たちの無関心さ、現在の生活へのべったり感には腹が立つ。

もう少し、子供に対して親身になってやれよ、と思うわけです。もしかしてスイスという国が、その程度の親世代たちに担われているのだとしたら、永世中立国で美しい国というイメージは、この先何も生み出さないのでしょうね。せいぜい鳩時計でも作ってなさい。

ということで、母なる海がマイクロ・プラスチックに汚染されている21世紀ですから、この危うい夢物語を諸手を挙げて賛成する訳にはいかないし、そこまで援助する出来栄えでもない映画でした。でも、この映画の登場人物たちと同世代のみなさんは、大いに悩んで大きくなってほしいと思います。みんな悩んで大きくなった、というCMがありましたし。

写真3は、少女たちがハイウェイを走行する車に向かって胸を見せているシーンです。良い子は真似をしないようにね。そして良いオトナは、それ以上の色気を求めないようにしましょう。
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