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2020年10月29日08:47

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ポタリストの記録・【吉川英治記念館〜梅の木峠〜日の出・あきる野往還・その2】

■吉川英治記念館■

こちらの記念館は平成31(2019)年3月20日に一度閉館していた。継続も危ぶまれる噂もあったが、青梅市に管理は移され、新型コロナウイルス(注:以下、新コロとします)という向かい風ではあったが、令和2(2020)年9月7日にリニューアルオープンを果たした。

まあスポーツ車でこのようなところに行くモノ好きは私ぐらいなものだろう。(笑)

そのため駐輪場らしいものは何もない。まあ、例によって適当に金網に前輪、フレームを手持ちのABUSのチェーンロックで「地球ロック」、後輪とフレームとはパナソニックのU字ロックを掛けるだけ。

ここまでの走行距離は約29kmだった。

彼の作品との出会いは『三国志』だった。小学生の時にNHKで人形劇三国志がオンエアされていて、最終回が終わった後、人形が一時こちらの記念館で公開されていた。その時初めて行った。兎に角見学者が多かったのを覚えている。

それ以来だから、35年ぶりだろうか。

入口で500円支払い、アルコール除菌ジェルをつけて入る。青梅市に移管された事で、若い女性の学芸員の方が応対している。とても親切だ。撮影は展示室と母屋、書斎以外は撮っても良い事になっている。記念館は吉川家の屋敷だったそうだ。庭園は別段珍しい草木が植わっている訳ではない。しかしよく手入れされている。そこを回ると展示室のホールがある。人形劇三国志で登場した人形たちは今は長野県飯田市にある、川本喜八郎人形美術館に移されている。

吉川英治自身は実は横浜元町出身で、疎開して来たのが当時の吉野村で、以後亡くなるまでこの地で執筆活動を続けた事が説明されていた。勿論展示室には全作品があって圧巻だった。子どもの時に『三国志』の小説を読みたければ吉川英治しかなく、彼の作品は小学生の私の頭では難しかった。今でこそ北方謙三や宮城谷昌光氏なども三国志を書いているので選べるのだが。

しかし難しいからこそ、色々調べて読み続けるのも楽しかった。

最近大河ドラマの視聴率がいまひとつらしい。確かに最新のグラフィックは素晴らしいが、頼り過ぎる余り、アニメ化しているようにも思える。実際、今年の大河ドラマも初回、二回目で後は見る気が失せてしまった。どうにも内容が薄い。個人的に芸能人に興味がないからかもしれないが。分かりやすいことと、内容が濃い事は両立できると思う。そのあたりもう少し検討して頂けたらいかがだろうか。またコストの為だろう、作家が描いたものを使わなくなっている事も内容が薄く思える一因かもしれない。

展示室の隣が書斎となっており、その隣が母屋である。どうやら彼自身は離れの書斎で執筆活動を続けていたようだ。母屋に入ると先程の受付にいた学芸員の女性が親切に応対してくれた。自転車乗りの服装なんて、興味のない人がイイカゲンに見たらただの変態ファッションでしかない。私もスポーツ車の端くれであるクロスバイクに乗るまではそうだった。ズボンはソックスを履いているものの、足首が出ているし、お尻はジェルつきなので、膨らみが異様に思えたっておかしくない。これが合理的に思えたのは自転車に乗るようになってからである。

にも拘わらずこんなチャらいカッコウしている私に丁寧に応対しているので、却って申し訳なく思ったものだ。

母屋はいかにも日本家屋だが、天井が非常に高い。3メートルぐらいはあるのではないか。風水的にも出来るだけ高い天井の家に住んだ方が子どもは成長するし、大人も成功しやすいという。とても落ち着く空間だった。こちらは青梅といっても、屋敷の南側は山、北は吉野街道、それよりも更に北に行くと多摩川となっていて、真冬は冷えるだろう。ということで、囲炉裏もあった。

母屋の外は横には井戸も残されていて、現役である。

GoToで都民がバイキンから人間と見做されるようになったため、お客は殆どいない。だがそれが却ってよかった。じっくり見る事が出来たからである。

■草志堂通り■

記念館の駐車場周辺は蕎麦屋、うどん屋、定食屋と7-11があり、意外と便利だ。特に和食屋は青梅市きっての激戦地のようだ。

草志堂通りは200mほど青梅駅寄りだ。通り名は書かれていないが、地図上では記載がある。草志堂とは先程見学した吉川英治の書斎を指すらしい。ならばもう少し目立つようにしてはどうかと思うのだが。

矢張りこの通り、山麓を走るのでかなり冷える。服装に迷ったが、冬用のサイクルタイツを履いて来て良かったと思う。

途中、のこぎり屋根がとてもかわいいパン屋さんが見える。noco bakeryというお店だ。入りたかったが、工事関係の人が数名いたので、打ち合わせ中という事で今回はパスした。
草志堂通りはいつしか始まり、いつしか終わっている。止む無く吉野街道に出る。このあたりまで来ると、上り基調であるだけでなく、巡航速度も60km前後と速い。規制は40kmなのだが。おまけに平日の場合はダンプも多いので注意が必要だ。大型自動二輪が来たので、ガタイの小さいオートバイに続いて入線した方が安全と判断し、進むことにした。

■つるつる温泉往還・失敗■

300mほど進むと途中、斜に入る道がある。それが今回初めてだが、入ってみることにした。この道は青梅市南部の山岳地帯を抜けて、頂上の梅の木峠、地図を見るとそこを経て下るとつるつる温泉裏に出られるようだ。時間も4時間ほど余裕があるので行ってみることに。仮に峠の頂上まで4時間かかったとしても、後はずっと下り基調。ランプも持参しているので別段困る事はない。

尚、携帯電話、スマホも峠の頂上ですら使えるという。

ここは自衛隊の車両も入れるぐらいなので、山岳地帯の峠と言いつつ、かなりだだっ広い道で、舗装されている。但し舗装される前は結構色々な意味で危険な場所だった。特に夜間ともなれば人がいない事を良い事に、他所からさまざまなものを投棄する輩が後を絶たなかった。時には医薬品なども投棄されていたという。流石に青梅市の行政規模では解決出来ず、都や国も対応するようになって、チャリでも通れるほどになった。何といっても自衛隊の車両が定期的に入れるのであれば不埒者は来ないだろう。

ところで空模様がやや怪しい。多摩川北岸は晴れているのに、こちらは暗い。

坂を上り切ると・・・何と通行止め。

崩落事故があったそうで、12月まで通過出来ないとのことである。そもそも12月ともなれば路面凍結の可能性も非常に高い。冬季は避けた方が良いかもしれない。

という事で今回は失敗だった。まさか崩落事故が発生していた事は予想外だった。吉野街道北側の道の終点が軍畑大橋だったので、そこから吉野街道に復帰して進む事に抵抗を感じていた。平日ともなればダンプも多いからだ。出来る事ならば吉野街道は使いたくないというのが本音だった。それが草志堂通りを使えば300mほど走るだけでこの道に出られる。そのことが分かっただけでも収穫はあった。

来夏、復旧したら是非行きたいと思う。GoToで都民が人間扱いされるようになったから、山男や山ガールさん達が下山するタイミングさえはずしてつるつる温泉に辿り着けば、温泉に漬かって日の出、あきる野を通って帰れるはずだ。

復路は来た道を使って帰宅した。見た目にはサドルは傷も無いものの、矢張りクッション性はヘタっている。無意識のうちにそれを嫌がって前のめりになりがちだ。結果、ライドポジションも変わりかねない。替え時である。

サドル選びは本当に難しい。高価だからといって、フィットして軽快に走れるとは限らない。サイクリストが一番買い替えが多く、無駄も多いのがこのパーツ。所謂「サドル沼」と呼んだりもする。今、気になっているのが次の3つのサドル。

RITCHEY (リッチー)COMP STREEM

セラSMPサドルAVANT或いはTRK

セラSMPサドルは中央に今流行りの穴開きサドルで、カラーも選べるのが楽しい。

または今から12年程前の型落ちだが、知り合いが保有の未使用、新品のAVOCET(アヴォセット) O2 AIR40R Titaniumというサドル。実物を拝見したが、正箱あり、室内保管されていたので、状態は良い。色は黒だが、チタンレールで軽便。前はカチカチ、後ろはクッション性が高く、当時は女性にも好評だったという。スペック的には典型的な後ろ乗り、ロングライド、ツーリング好きなサイクリスト向けのセッティング。

発売当初は黒、赤、黄色があったらしいが、知り合いが保有のは黒のみ。今が白なので少々抵抗もない訳ではないが、サドルはカッコウで選ぶとこればかりは危険なので、年式こそ旧いものの候補になっており、このブログをしたためている時点では最有力候補となった。

次回、次々回になってしまうかもしれないが、点検後のインプレをお届けできればと思っている。

最後まで御覧頂きまして、ありがとうございました。

(了)

走行距離:約61km
最高時速:41.3km
平均時速:20.9km
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