●受験生時代の症状
大学受験の話をする前に、当時私は双極性障害との診断は受けていなかった。
私が精神科に通うようになったのは、大学1年生の冬のときである。しかし、たぶんそれ以前から躁うつ病の片鱗はあったように思う。
急な気分の高揚と、その後の低迷に悩まされたのは、少なくとも高校2年のときまで遡れる。
突然遅刻が多くなって学年最多を突っ走ったり、電車の中で気分が悪くなって一度も休んだことのない試験をさぼったり、ボランティア活動に参加すると表明して一度も行かなかったり、大雨の深夜に飛び出して徘徊したり、学校の課題に死にたいと書いて出そうとしたり(直前で思いとどまった)、夜の新宿を当てもなくさ迷ったり、塾に真面目に通う時期と隣のブックオフで何時間も立ち読みするときと落差のある行動をとったり。――ちなみにサラリーマン金太郎やうる星やつらを読破した記憶がある。
他にも色々と恥ずかしいやらかしがあるが、当時の自分も何かがおかしいと思いスクールカウンセラーに相談。その後精神科で受けた診断はノイローゼだった。結局、何の相談にも乗ってもらえず、薬すら貰えずじまいだった。
勇気を出して相談した結果、ノイローゼの一言で済まされて何のサポートも受けられず、途方にくれた覚えがある。
●学校こそ至高
閑話休題。
なぜ長々と前置きをしたかというと、入院するほどではないが生活に少々支障がでる程度であり、さらに自分が病気だと思っていなかった時期の話だからである。
だから、躁のときに勉強し、うつのときになぜ勉強ができないのか。原因が分からず苦しむ生活だったように思う。
つまり、知識と診断と薬とカウンセリングといったサポートすらないものの、条件は今と変わらないのである。
当然、勉強法なんて知りもしないし考えもしなかった。だが、今よりも勉強はしていた。
で、いきなり結論を言うと、学校の勉強が一番役に立った。
正確に言うと、内容ではなく学校に通うという「強力な習慣あるいは義務感」が勉強する時間を確保してくれた。
ハイとローを繰り返して、週に何度も遅刻するような様でも通学できたのは、それまでの習慣、あるいは義務感のおかげだったと思う。
当時を振り返ると、躁でもうつでも授業中と昼休みは、真面目に授業(を受けるふりして内職するときもある)を受けていた。
勉強法ではないかもしれないが、「何らかの強制」というのは、私程度のうつ症状には一番の薬になるのではないかと感じる。
しかも、あらかじめ学習計画が決まっているのだから、いちいち目標を立てるテクニック云々を考える必要すらない。
加えて、どんなに朝辛くても毎日高校に通って、授業だけは真面目に受ける。強制的に規則正しい生活ができていた。
強制力のある規則正しい生活習慣としては、最強ではないかと思う。それに、受け身であっても問題ないように計画されているのだから。
●自習は次善の手段
だとすれば、「自習」がいかに鬼門なのかもわかると思う。
躁うつ病の勉強法を掲げてはいるが、自習に頼らない、外部の強力なサポートを得るのが一番の近道なのかもしれない。
しかし、近道ができない。勉強法は次善の策なのである。
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