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2020年05月10日03:17

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自分に厳しく、他人に優しく。

こう昔から教わってきたが、これがなかなか難しい。
なぜなら、自分の些細なことに気を使い、気をつけると、当然ながら、他人のアラが見えてしまうからだ。

居酒屋や飲食店に「自粛しろ、いつまでやってるんだ」と張り紙をしたり、営業している遊戯店に並んでいる人に「子供たちが我慢しているのに、恥を知れ」と怒鳴る人は、当然自分も厳しく生活を律している人だろう。

現実は、自分に厳しい人ほど、他人にも厳しくなる。

人間が丸くなるとは、そんな昔の心の所作とは違う思惑に至ったことだと思う。

つまり、

自分に優しく、他人にもっと優しく。
自分を許し、他人も許す。
自分の立場を守り、相手の立場も守る。

もちろん、相手に無関心になることではない。
相手を深く理解することで、優しくなれるし、許せもする。

相手を理解するのもまたとても難しいが、自分の心の同一方向性は保てる。

新しい生活習慣に、是非これも付け加えて欲しい。

また、空き巣が横行しているらしいが、報道は、悪の権化のような見せ方をしているが、中には「食べる物が欲しかった」と言う動機も一緒くた(一色単?)にしないで欲しい。

間違った認識は、本当はどこが問題なのかを見落としてしまう。


昨日の東京の感染者 39人

本日の東京の感染者 36人

Thank you、弥勒(菩薩)。

Thank you、照代(春日)。

地下鉄はどこからはいるの?
それもそうだけど、
昭和のレトロなメトロでは、
地下鉄は一瞬室内灯が消えました。
あれ、よかったなぁ。

どこかのアトラクションに乗ってるみたいで。
ドリフのコントで、蒸気機関車がトンネルに入るコントも思い出した人もいるだろう。

なんでだろうね、電灯点灯するのは?

今回はヤホーで調べたくありません。

なんでだろうね〜。

※一色単?
一生懸命はもともと、一所懸命だったのが、間違った使い方で市民権を得た例だが、「いっしょくたん」も事実上は市民権を得ている。
用法を間違っていて、いつのまにか定着した言葉はごまんとある(五万と?巨万と?)。

よく耳にする「いっしょくたん」は実は「一緒くた」が本当なのだ。
一緒くたをヤホーで調べると「なにもかも一緒にすること、同一視」とある。

しかし、一色単も漢字的には、一つの色に単純に絞る、と読めなくもない。
いっしょく、を一緒でなく、一色と勝手に想像した所からの誤認だと思う。

そもそも「いっしょくた」の発音の区切りが問題で、いっしょ・くた、より、いっしょく、とここで区切ってしまいたくなるので、たん、となる

「くた」という言葉が曲者だ、「くた」なんて言葉、普通は使わないから。

と思っていたら、

くた・ばる、くた・びれる、がら・くた、など意外と沢山あった。

くたは「朽ちる」ことで、古い、ダメになることから、ゴミと言う意味にもなる。

つまり、一緒くたは「一緒のゴミ」のように雑多なものを秩序なく一緒にする、と言うことなのだ。
玉石混交状態を言う。

これからは、おたん・こなす、同様、いっしょ・くた、と区切って発音しょう。

でも、そして、

相手が、いっしょくたん、と言っても、薀蓄(うんちく)を傾けず、優しい気持ちでスルーしましょう。

もともと、薀蓄なんて、うんち・くた、なんですから。


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