この演目、知名度はあるし、
国内では観る機会もそれなりにあるが、
上演するバレエ団は限られている。
シェフチェンコがこれを持ってきたのはいつ以来だろう、
と思ったら、なんと26年ぶりだとか。
ここの「シンデレラ」はリトヴィノフ版。
リトヴィノフさんは1970年代前後に活躍した、
シェフチェンコのダンサーだ。
プログラム内に散らばる記述からすると、
初演年は彼が芸監を務めていた頃、1989年のようだ。
日本では1990年と92年に上演され、
フィリピエワさんは両回とも主役を務めている。
プロコフィエフの音楽を使った「シンデレラ」は、
1945年にボリショイで初演されたザハロフ版で、
著名なアシュトン版も含めて、
以後の作品はザハロフ版を下敷きにしている。
リトヴィノフ版も同様だが、セルゲイエフ版やアシュトン版、
熊版を念頭にバットを構えると、思い切り空振りする。(笑)
というのも、バレエらしい美しい振付を踊るのは、
シンデレラと仙女、シンデレラと一緒の時の王子のみで、
あとはコンテに近い奇抜な動きが主体となるからだ。
アシュトン版以上にコミカルな演出や、
ポップで奇をてらった衣装デザインを加味すると、
イメージ的にはロイヤルの「アリス」に近い。
登場人物も変化球気味。
大小の騎士と大臣2人は他版よりも出番が多く、
王様はいるし、スペイン、東洋の踊りもある。
しかも王様は「海賊」のパシャみたいで、
東洋の衣装はどうみても中東。(笑)
ただしかぼちゃの馬車もねずみのお供も、
オレンジも登場しないし、12時のお告げもない。
構成は3幕だが、各幕とも30分と短く、
展開は熊版以上にスピーディなうえ、「くるみ」同様、
「みんなもう『シンデレラ』はたくさん観てるよね!?」
的な演出なので、見慣れない人物が現れると、
在版のどの役なのか正直とまどうこともあった。
幕が上がると下手にベッドがあり、そこに姉2人が寝ている。
配役はアリヤナフさんとゴギーゼさん。
2人とも重要なパートには必ず配される腕達者たち。
2人は目覚めるといきなり喧嘩をしだすが、
アシュトン版のように一方的ではない。
しかしシンデレラが上手から現れると、
一転して中国と韓国のように結託し、
シンデレラをイジメ出す。(笑)
シンデレラはムロムツェワさん。
筋力が足りない分、制御が甘い点を除けば、
長い手脚をのびやかに使う踊りは美しく、
大きな瞳を有効活用した表情の変化には、
ちょっと見直した。
しかもあの細身である。食事も満足に貰えてないんだなぁ、
と脳内変換させてくれる。(笑)
ちなみにマチネの主役はシャイタノワさんで、
彼女は家事の合間にこっそり何かを食べているシンデレラ、
だろうか。(笑)
3人の遣り取りが一段落し、姉たちが姿を消すと、
いきなり仙女(フィリピエワさん)が「仙女の姿」で登場する。
リトヴィノフ版には四季の妖精はおらず、その曲で仙女や群舞が踊り、
その後も狂言回し的に仙女が活躍するので、
フィリピエワさんのファンとしては満足度の高い舞台だった。
怪我も大したことなかったようなので、良かった良かった。
継母はグリャーエワさん。
「くるみ」では夫人とスペイン、「白鳥」でも王妃を務めた、
美人揃いのシェフチェンコの中にあってなお美貌が冴えるダンサーだが、
この日はメイクでよくわからなかった。残念。
舞踏会の準備にはお城からの使いもやってくるが、
どちらかと言えばさらっと流す感じ。
前述のように四季の精もいないが、
シンデレラのヴァリと、仙女の連れてきた妖精群舞はある。
1幕最後はガラスの靴に履き替えてお城に向かうが、
ガラスの靴は見せるだけ。というのも、
シンデレラは最初からポワントの上に被せものをしており、
取り囲んだ妖精たちがこれを観客に見えないよう脱がせる。
犯罪ドラマのトリックみたいだ。(笑)
1幕の一連の踊りはどれも抽象的だったが、
お城の場面ではさらにその印象が強まる。
振付・演出ともほぼすべてがコミカルなのは、
シンデレラと仙女のノーブルさを引き立たせるためなのだろう。
王様はシンデレラの美貌に卒倒し、
スハルコフくんの代役ニェダクさんの馬鹿っぽい仕草は、
似合わなさすぎて痛々しいほどだ。(笑)
2幕の最後、時間切れとなったシンデレラは退場し、
その姿を求めて王子は舞台上を右往左往する。
するとそこへなぜか普段着姿のシンデレラが戻ってくる。
しかし王子は気付かずスルー、落ち込むシンデレラ。
王子、あんたが求めるのはコロモだけかい!?
と心の中でツッコんでいたら、
お師匠さまも同じことを思っていたことが、
休憩時間に判明した。(笑)
3幕は王子のシンデレラ探しで始まる。
上述のスペインと東洋は、
王子が世界中を駆け巡っていたという演出。
よれよれの王子は仙女の導きでシンデレラ家に。
だがここでも王子はシンデレラをスルー。(笑)
肩を落とし、涙目でガラスの靴を暖炉に投げ込むシンデレラ。
えーっ!? 靴、捨ててしまうの!? とまたまたびっくり。(笑)
ところが、これまたなぜかその姿を見て、王子が彼女を認識する。
PDD、お約束の着替え時間稼ぎ群舞、再びPDDののち、
仙女と妖精たちに祝福されつつ幕。
四半世紀以上も前の舞台など覚えているはずもなく、
(あるいは記憶を封印していた?(笑))
いろいろあっけにとられる予想外の展開だったが、
フィリピエワさんの笑顔は観られたし、
たくさんの美人と足音のしない夢のような群舞、
指揮台で飛び跳ねるバクランさんにあたかも操られるかのような、
ウクライナ国立歌劇場管弦楽団の幻想的かつ力強いプロコフィエフに、
1年の疲れも癒やされた。
来年も素晴らしい舞台に巡り会えますように。
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