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2018年08月24日07:46

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浜風のつぶやき2018〜59〜脱力感

いつも決勝戦が終わると脱力感に苛まれる。終わってしまった燃え尽き感だ。

今年は全試合甲子園での生観戦。当然例年以上の燃え尽き症候群となることは予想しており、その対策は打っていた。

まず、決勝戦の翌日は京都を訪ねた。もちろん観光ではない。ボクが初めて甲子園観戦をした10歳の時に住んでいた家を訪ねたのだ。

京都市立稲荷小学校を卒業したボクは、その街が変わっていなかったことに驚いた。もちろん友達が住んでいた家は表札が変わっている。家も新しくなっている。だが、突然マンションになっているなどということはなかった。その路地は今も変わらなかった。京阪の鳥羽街道の駅を出てボクの住まいに向かう途中にあるはずのママセンターというスーパーはなくなっていたが、その向かいの団地はリフォームが施されていたが未だ健在。

そしてなんと鳥羽街道の駅から踏切を渡った処にあった文房具屋さんは今も存在していた。50年だよ。時間が経過しているのは・・・・・

稲荷小学校を訪れ稲荷神社を拝んで国鉄、いやJR稲荷駅から木津へと向かう。そこから関西線に乗り換え。加茂までは電化されているがそのあとはディーゼル車のうめきと共に木津川の流れに逆行して登っていく。

ボクが目指したのは加太駅。小学校時代を過ごした京都、中学校は名古屋。そのどちらかからでも行けたこの駅はボクの憧れの駅だった。SL撮影に夢中だったボクは柘植と加太の間にある中在家停車場での撮影は夢だったのだ。当時はスイッチバックがあったはずだ。

だが、その機会には恵まれず時は過ぎた。だがこの日の加太駅は恐らくあのままだったはずだ。もちろん無人駅になっていて切符販売の窓口は封鎖されてはいるが・・・・

駅に降り立っても飲み物の自販機一つないその駅舎。しかも今でも非電化路線。

エースは一人、走者が出たら送りバント、3塁に進んだらスクイズ。昭和の野球をやる金足農が決勝まで勝ち上がって、その高校野球が終わったことを癒すためにやってきた加太駅もまた昭和の佇まいを残していた。

いやいや、明治時代に開通したこの路線のトンネルなどはほとんど手を施されることなく今も現役だ。貴重な鉄道遺産とも言える。

亀山に出て名古屋へ向かい宿泊。次の日は中央線の中津川の一つ先の落合川が目的地。ここには何度も足を運んだ。木曽川の落合ダムにかかる鉄橋を渡るSLを中学生時代に撮影した。一時間この駅でぼ〜っとしていた。さらに木曽川沿いに上っていく。寝覚ノ床をバックに撮影したこともある。電車からも見えるこの木曽川の自然地形に目を凝らした。塩尻へ出て、上諏訪の足湯を堪能して甲府まできた。甲府駅に着く前に東海大甲府の校舎が見える。最近は山梨学院に押され気味だなぁ・・・・

そして今日自宅へ帰る。東京に向かうとすぐに巨大な敷地内に建つ山梨学院の校舎を目の当たりにするだろう。

第100回大会の総評はそれからゆっくりと整理したいと思っている。

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