mixiユーザー(id:125571)

2018年02月22日00:35

631 view

'18、 1月2月帰省日記(3);四天王寺での納骨



2018年 1月 23日 (火)

寒いながら木漏れ日も射す一日だった。 遅い朝食を摂ってから四人はこの日の為だけにオランダから持ってきた正装をして車で大阪の四天王寺を目指した。 子供たちには去年の5月に四天王寺に連れて行って見せてあるので勝手は分かっているはずだが携帯で見つけたパーキングは寺から大分離れている。 自分にはビルの谷間に停められては方向が皆目分からない。 それに無人パーキングの機械の使い方がその日本語自体が皆目わからず結局そのちかくの説明がわかるところに引っ越して駐車したのだが日本語の分からない他の者たちにはさっぱり何のことか分からないようだ。 それは日本語の問題ではなくてなんでもスマホでしてしまうここの勝手なシステムとさっぱり説明が分からないその書き方と、またそんなものに全く理解のない自分の齟齬の問題であり、それは説明書が嫌いな自分に迫る厄介でもある。 現に次のパーキングでは日本語が読めなくとも息子はちゃんと機械を操作していたのだから問題は独りよがりで分からない説明をする機械の方にあるのだ、と再度腹を立てた。 きょろきょろあたりを見渡しながら息子の携帯で方向を探っていると四天王寺郵便局のそばに出てそのうち大通りに来るとなんとか方角が掴めるようになった。 四天王寺学園近くの古い喫茶店が開いていたので入った。 ばあさん二人でやっているトイレもないような小さな喫茶店でそこでは常連の爺さんたちが新聞を読んでいた。 家人も子供たちも興味津々というところだった。 コーヒーは美味かった。 皆こういう喫茶店が好みであることが徐々に分かってきた。 

寺の参道をぶらぶらと歩き、別段予約もせず時間のことも分からずネットで調べた納骨の儀式が執り行われる四天王寺・.六時堂に入った。 ここは本堂の前に石舞台があってその両側には子供のころから聴いて親しんでいる大阪落語の「天王寺詣り」で語られる亀の池があり、いつもはこんな陽の照る日には沢山の亀が我勝ちに甲羅を干し、また水の表面を賑やかに泳ぎ回っているのが見え、それが人を呼ぶことにもなるのだが今日は亀も見えず立ち止まって池を眺める人もいない。 寒いのだろう。 寒い国から来た我々にも日本の寒さは徐々に染み渡ってきている。 美しい六時堂の屋根の形を見ながら正面左方の申込所に落ち着くとあとの3人は右方の待合の間に誘導された。 申し込みを終え待合の間に来ると13時からのグループが自分たちをいれて9組30人弱、畳の間で椅子に坐ったり畳に坐ったりして待っていた。 納骨に来たのは我々ともう一組で殆どが何回忌かの回向の為だった。 そしてほとんどが二人連れだった。 そのうち本堂に呼ばれ二列に正座して並び僧侶たちを待った。 読経の調子でそれぞれ故人の名前が戒名、俗名で呼ばれたのち施主の来訪の目的、すなわち納骨なり何回忌かということを述べ読経となった。 ここに参集した家族の宗派はまちまちだからだれにも不都合のないお経なのだが何経なのかは自分には分からなかった。 この式は15分ほどで済み一同そこを退出した。

六時堂で式を終えた遺骨は何日かは納骨堂に仮安置されその後納骨総祭供養塔に合祀される。 そこを訪れて将来帰省するときの心づもりをした。 オランダに戻って何日かすると四天王寺から供養塔合祀の法要が2月25日に行われる旨を知らせる案内葉書が来ていた。

寺の境内をでると寒かった。 参道から天王寺駅の方に歩き地下街のラーメン屋で昼食を摂ることにした。 昔浪人時代に天王寺の予備校に通っていたことがありときどき昼に喰った古潭というラーメン屋があってそこはいつも人が並んでいた。 並ぶのが嫌な自分は昼食時を避けて入ったことを覚えている。 今日もそのようになった。 待たずに入れても中は結構客でにぎわっていた。 半世紀ぶりに同じ味のものを喰った。 日本滞在の大事な行事を終えてのんびりしているのか皆歩く速度が遅いし一度店に入ると1時間以上居る。 そのあと駅ビルをぶらぶらと歩いていてパーキングにもどるころには薄暗くなっていた。 この日は息子の30歳の誕生日だったので夕食に割烹料理屋を予約しており、そこに1時間ほど車を走らせる途中で15分ほど到着が遅れることになる旨を料理屋に電話で伝え、もうとっぷり日暮れた高速を急いだ。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年02月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728