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2016年04月29日22:48

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嘘つきと大風呂敷

■三菱自の燃費データ不正、他社も同様の可能性…企業存亡の危機、自力再建は困難
(Business Journal - 04月27日 06:21)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=175&from=diary&id=3966811

 【再犯?】

 
 些か不穏な題名だが、特定人のことではない。熊本地震が無ければ大騒ぎになっていると思われる三菱自動車の軽自動車の燃費偽装問題とニッサンについてである。

 三菱自の相川社長は4月26日に国土交通省に社内調査報告書を提出したと発表している。国土交通省によるとテストとは関係なく、燃費データを捏造していたとのことだった。燃費データ測定方法については平成3(1991)年から法令違反が続いていた。平成23(2011)年に定められた26.0km/Lという燃費が平成25(2013)年2月には29.0km/Lに達するまで5回、引き上げられたという。現時点では誰が燃費設定を指示したのか不明だが。

 三菱の悪質な点は以前もリコール隠しを30年もやっていたという「前科」から、フォルクスワーゲン(VW)と同じく組織的に行なっていたのではないかという疑念がぬぐえない。

 実燃費との乖離が問題なのではない。それが問題だとしたら、トヨタ・プリウスだって問題になっているはずだ。


 【三菱自の幹部にクルマ好きがいない?】


 果たして今後の捜査が待たれるが、もし組織的に行なっていたとしたら、それはそれで大問題だが、現場の開発者と経営陣との間で乖離が無かったのだろうか?

 あったとしたら、今後、三菱自動車が存続出来たとしても、再び出て来る可能性が濃厚である。

 もっと言えば、経営陣が本当にクルマ好きなのだろうか?ということである。クルマ好きであれば、現場に顔を出すだろう。現場とコミュニケーションを取り、このような問題は起きなかったはずである。思えば三菱自は今世紀初頭のリコール隠しから同じ体質のままだとしたら、その背景のひとつにクルマ好きが経営陣にいなかったからではないだろうか?

 三菱自に最初のリコール隠し発覚後に派遣されたのはダイムラー・クライスラー(当時)のラルフ・エクロート氏だった。彼はクルマ好きだった。が、クライスラーの経営不振となり、当時の会長のユルゲン・シュレンプ氏は三菱自をつなぎ止めておきたかったらしいが、株主達の意向を受けて手放すことになった。シュレンプの後を継いだディーター・ツェッチェ氏は大のクライスラー嫌いで、就任するや袂を分かつことになる。クルマ好きのエクロート氏が三菱自の社長を続投していれば、この事件、起きなかったかもしれない。

 この燃費偽装を見破ったのは日産自動車だった。更にルノーから来たカルロス・ゴーン氏はクルマ好きだったのは何とも皮肉だ。特に気に入ったのはスカイラインGT−Rで何時までもハンドルを握ったままだったらしい。

 但し、ゴーン氏はもう日本市場をそれほど重視していないのではないかと思われる経営をしているのが気になる。

 
 【大風呂敷の日産】

 
 日産自動車は三菱自動車の燃費偽装事件を受け、三菱から供給される軽自動車の販売を中止している。その上で自社開発しないとダメだという結論に至った。

 その意気は買いだと思うが、日産は日本の軽自動車を少々舐めているのではないか?

 日本の軽自動車を舐めてはいけない。あの小さなクルマで儲けを出すのは大変なことなのだ。TPPで米国車が売れないのは日本に軽自動車があるからで、軽自動車が優遇税制に浴しているからだ、とアメリカはイチャモンをつけた。これには凡そ軽自動車になど乗って生活したこともなさそうな日本のマスコミの連中までも同調した。挙げ句の果てに日本の軽自動車税は7,200円から10,800円になし崩し的に大増税された。スマートには599ccのスマートKなる軽自動車規格のクルマがある。ガイシャだって軽自動車は作れるのだ。単に米国企業の企業努力が足りないだけの話ではないか。アメリカですらイチャモンをつけて増税して貰わねば勝てない軽自動車。

 あのトヨタ自動車すら、当初は軽自動車を自前でやろうとしたが、どうしてもコスト的にペイしない。そこでダイハツを子会社化し、ダイハツをバックアップして、軽自動車を作らせている。更にリーマンショックでGMの子会社だったスバルと提携し、軽自動車ビジネスではトヨタ、ダイハツ、スバルの三社連合を形成しつつある。

 自前で普通車と軽自動車両方を未だにしているのはホンダとスズキくらいしかない。

 トヨタですら諦めたものを果たして日産に出来るのだろうか?

 些か大風呂敷の感が否めない。

 
 【痛し痒しの日産の軽自動車販売】

 
 確かに三菱自からOEMで販売したことは販売台数のアップに寄与した。しかし発想が安易すぎた。その弊害は早くも出始めている。特にそのしわ寄せは小型車に顕著だ。例えば昭和57(1982)年にデビューしたマーチ。現行型はコストカットが露骨に過ぎて殆ど売れておらず、マーチからデイズへの乗り換えが目立っていたという。ただし流石に経営陣もそれはヤバいと思ったのか、現行型はデビュー当初よりはクオリティも走りも上げて来ているのだが。クルマとは家の次に高い買い物だ。失敗したからと言って、おいそれと買い換える訳にもいかない。個人的にマーチで輝いているのはNISMO・Sくらいだと思う。これくらいになるとシャキッとする。ベースグレードがいかにショボイのか分かると思う。日本の女性とてクルマのことが分からなくても、工業製品が粗雑か、精巧かは分かる。今のマーチが彼女たちのお眼鏡に適う出来だったとはとても思えない。だからデイズにどんどん流れたのだろう。

 先代のマーチに御乗りの方で現行型に御乗り換えをお考えの方がいたら、今年のどこかで新型が出るだろうから、それまで大事に乗ることを強くお勧めしたい。少なくとも現行型よりははるかに良くなっているはずだ。

 しわよせが出たのはマーチだけではない。ティーダもそうだ。クルマの歴史を知るゴーン氏は当初、投票まで行なって車名を決めたサニーの名を遺すべしと唱えたが、周囲に押し切られた。確かにサニーVSカローラの勝負は最早決していた。ただ、社長の希望を汲んで、沖縄の方言の太陽を示す「ティーダ」に決めた経緯がある。カローラの後追いはせず、自分の道で行くぜ、そんな意気込みが感じられるクルマだった。インテリアで選ぶならば日産、という好評の初代ティアナ譲りのインテリアは中高年だけでなく、想定していなかった若者の間にも意外なほど人気だったのである。乗っていて気持ちが豊かになれそうな雰囲気は流石にルノー的だと思った。ならば息長く売れば良いのにと思うのだが、1代で終わり、2代目は日本では販売されなくなった(中国では好評販売中)。ちょうど三菱からOEMで軽自動車が供給された頃と重なっている。

 三菱から供給された軽自動車が日産の小型車の販売台数を食っていた、これはまぎれも無い事実だ。とすればとても喜べる状況ではない。

 しかしトヨタですら開発出来なかったリスキーな軽自動車で勝負するのではなく、経営資源があるのだから、それを活かした方が今の日産の為ではないだろうか。日本では絶版でも海外では人気の日産車は捜せばある。
 

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