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2016年04月13日10:50

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妙な夕焼けだった



昨日の天気予報が言った通り夜半に前線が通って気温が平年の12℃に下がり薄曇りの一日となった。 6℃下がると気分がこんなにも変わるのかというような一日だった。 日は長くなってきたからそろそろ夕食を裏庭で摂れるようにと数日前ガーデン・テーブルも出したのだが日中18℃になっても夕食時は温度が3度ほど下がればまだ肌寒い。  例えば6時半に食事を始めるときにはなんとか暖かくとも40分もすれば温度が下がり始める。 当然これから日が長くなり始めるのだからそれにつれて温度が下がり始める時間も遅くなりあと半月ほどすれば裏庭で1時間ほどゆっくり食事ができてその後まだ西空には青空と夕焼け空が出ていることになる。 乾いていれば紺碧の深い青からそのうち透明度のある暗い空に変わる。 地球の傾きがそうさせ緯度が上がるほどその差が大きくなる。 北緯30度ほどのところで30年育って北緯50度ほどのところに35年住んで知ったのはこういう季節の変化だ。

晴れていればこの頃は8時のニュースを居間で明かりを点けずに見るのだが今日は薄雲ぐもりだから薄いカーテンを閉めて灯を微かに点けてシリアの難民をトルコがシリアに送り返している、ヨーロッパの難民政策が厳しい局面にいよいよ体裁を考えず人道主義を揺るがす送り返しに暗黙の了解を与えていると報じられるそんなニュースを見ていると天気予報になった。 さっきまでの上空の雲の動きをヨーロッパか北アフリカ上空の気象衛星から送ってきた画像で観ていると湿気を含んだ雲が北に流れていくのが見えた。 するとそのうち薄暗い室内がまるで外では火事かなにかが起こっているようにボヤーッと明るく赤くなった。 カーテンを開けてみると東に面した街路樹と運河の向う岸の人家が燃えているようだった。 道路に並んだ車が暗いのは西日が屋並みに邪魔されて当たっていないからだ。 西の空を眺めてみても特に燃えるような空でもなく普通の微かな夕空なのだが東のスぺクタクルは一年で何度も見るものではない。 尤も起こっていても気が付かないことが多々あるのだろう。

オランダには富士山の10分の一ほど、322m以上の山がないから西日に照らされて燃えるような山の景色をみることはない。 それにここに見るようなこういう色は秋にはあるかもしれないが春から初夏にかけて緑が茂る頃には木々に映えても緑が入るからこのようには燃えないだろう。 それに後ろに見える雲からしてかなりの湿気があってそれがレンズの働きをしてこのような分光作用でこの色を出すのだろう。 秋のからっとした目に染みるような紅葉の光とここでの湿り気のある光では少し趣が違うようだ。 これをコダックのエクタクローム・フィルムで撮ればどのように写るのだろうかともう40年ほども使っていないフィルムのことを想った。

ニュースが終わって8時半だと腕時計を見ると5分遅れていた。  昨日、ロブの店で12月までに止まることがあればもう寿命だと言われたその翌日にこれだ。  落語に天王寺詣りで鶴は千年亀は万年と言われている銭亀を買って来ると翌日死んだ、文句を言いに亀商いのところに行ったら、ああ万年目だった、寿命でしたな、というのがあるけれど、何だかそんな気分だ。 ものにはいつか終わりが来る、けれど時にはそのことを受け入れるのは楽ではない、と凡庸で陳腐なことを燃えるような夕焼けの中で思ってもみる。
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