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2015年11月11日13:59

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南リンブルグを5日間歩いた (3)忘れ難いほど旨い ビール



Slenaken の古いホテルに3泊した。 ホテルに入ったら停電だった。 蝋燭の光で暗い階段を上がり一番奥の部屋に案内された。 それまで通り過ぎた部屋のドアは全て開いていた。 この階には我々しか泊り客がいないようだ。 部屋に入ってテレビも Wifi も使えないところではこの日16km歩いてきた体を洗おうとシャワーの熱い湯を期待しても水しか出ず、仕方なくベッドに横になって時間を潰していたら30分ほどして電気が点いたのでシャワーを浴びさっぱりした服を着て下のレストランに降りたら外から食事に来た客が3組と年配の泊り客が一組いるらしかった。 食事だけに来る客と泊り客のテーブルは違うようで我々は彼らから離れた奥のテーブルに案内されそれから翌日からの朝食、夕食はそのテーブルで摂るように配分されている。

古き良き時代のホテルであり一泊2食付きで一人4500円程度であることからすれば日本ではなかなかこういうところはないだろうと思う。 鄙びた田舎のインターネットなど何もない老夫婦だけで細々と商う旅館ならあると言うかもしれないがそれも直にノスタルジーの彼方に消えていく運命なのだ。 そうことは日本に行くと自分には帰る家のないツーリストでしかない自分には経験済みだ。 自分の町の駅前にある貧相な旅館が素泊まりで3800円であることからすればここでは前菜・本菜・デザートの夕食、コンチネンタルの朝食が付いてちゃんとしたシャワーにトイレがゆったりした部屋についている古いホテルに慣れたヨーロッパから日本に行った若者がそのばか高い宿泊料に驚き、値段と簡易さからして大阪なら嘗ては日雇いが住んでいたようなドヤ街のタコ部屋まがいの空間が今風に模様替えして素泊まり2500円であるところに流れるのは不思議でもなんでもない。  自分も地元にその旅館がなければ西成に行っていただろうということを経験しているからのことであり、こんな自然に抱かれた村の古いホテルでこの値段では何も文句の言えることではないだろう。 けれども、である。

初日の夕食は前菜のかぼちゃのスープかセロリのスープから一つを選び、本菜はステーキか鮭のバター焼きから一つを選びデザートはバニラと苺のアイスクリームだった。 オーナーと思しき男からメニューを聴き家人と自分はそれぞれ違うものを注文し互いに味見するのが普通だからで注文したものが来るまで飲み物と突き出し、この場合は小さなパンに大蒜・香草入りのバターであるのだが、自分は歩いて喉が渇いているのでこの辺りの名物でもあるビールを注文した。 それが Tongerlo だった。 日本にはベルギー・ビールに造詣の深い御仁がいるようでネットに次のように出ていた

トンゲルロー・ブロンド 

http://ilovebelgianbeer.com/?p=7854

直にそれぞれのスープが来てそのうち飲み物が来るだろうと思っていたけれど済んだあとスープ皿を引き取りに来てからも何も飲み物の音沙汰がない。 そのことを言うともう飲み物は済んだと思っていた、それでは注文しなおすと妙なことを言い、折り返しもってきた。 自分で散々これが旨いと言っておきながらそれも客がたくさんいるとは言えないのに失念していたのだ。 このビールは素晴らしかった。 トラピスト製法で薄い琥珀色でありながら濃いトラピストビールのコクがありそのくせトラピストビールにありがちなしつこさや甘さがなくすっきりとしていてなるほど昔からのホテルのタップビールにしているのが分かる。 歩いた途中に見かけた Brand や Gulpener の醸造所を通るときにビールを造る釜をガラス越しに見て、ああここがあの、という感慨に浸ったのだけれど機会があればベルギーの醸造所を見てみたい思いがするほどの味だった。

翌朝の朝食には小麦アレルギーであるからグルテン抜きのパンかクラッカーを頼んであった。 今では様々な食物にアレルギーを持つ人々がいるからホテルではそれに対応することが普通になっておりここでもそれが期待されているのだが銀のパン入れのバスケットに入っていたグルテン抜きのパンは凍っていて氷の細かなクリスタルが朝日に輝いていた。 クラッカーは固くて喰えなかった。 オレンジジュースにハム、チーズ、リンゴに紅茶で済ませた。 昼食用に小さなしゃがれたリンゴとみかんを一つづつポケットに入れ9時半を廻ってホテルを出た。

二日目の夕食は二人とも同じビールを頼み前菜に同じサラダが来たのだが家人が頼んだはずの鱈と平目の焼き物が自分と同じ鶏のグリルになっていたので糺すと別の給仕が他のテーブルかもしれないと二つとも戻したものの暫くしてまた持ってきてここのはずだと言う。 オーナーと思しき注文を取りに来た男を呼び糺すと鶏が二つだと思った、と聞き違いのしようもない別々の注文を同じものとしてキッチンに通していたのだ。 仕方がないからこれでもいい、というと、いやいや注文通りにするので10分ほどお待ちを、と言い一皿を持って引き下がった。 冷めるので自分は食べ始め時々家人にも味見のために何切れかを口にさせていた。 そのうち鱈と平目が切れているのでこれになったと言ってもって来たのが安い白身さかなの揚げ物である。 家人はころもが苦手なのでころもを除いて白身魚だけくおうとしてもソースもなく喰えるものでもなく、自分はころもは嫌いではないのでそれを口に入れると匂う。 コックが白身魚に卵を絡ませて小麦粉、パン粉を使ってころもにしていれば匂うはずもないのにこれは明らかにできあいの安物をスーパーで買って冷凍しておいたものなのだ。 そのままにしておいて給仕が下げるときに不都合でもと尋ねるので匂うと言ったらそのまま何も言わずにキッチンに戻った。 その後のデザートはシェフからと言って豪華なシャーベットやアイスクリームに小さなパイが盛られたものが出たけれど本菜に出た猫の餌以下のものはこの何十年かの間にどのレストランでも経験したことのない稀有なものだった。

三日めの夕食は幸いなことにホテルではなかった。 それはキッチンが休みだと知らされていたからで、近くのホテルに食事に行くことにしていた。 朝食後9時半ごろホテルを出て4時ごろ戻ればホテルは閉まっていて入れない。 我々はキッチンが休みだとしか知らされておらず他に泊り客がないとも知る由もなかった。 一言ホテルの休日で他に泊り客がないと知らされておれば部屋の鍵と一緒に付いた入口の鍵を持っていっていたはずだ。 ホテルの裏にまわりドアを見るとここに電話してくれと携帯の番号が書かれた紙が貼りつけられておりそこに電話するとホテルの横の植木鉢の下に鍵がある、と言っただけでオーナーらしき男の声が切れた。 幾つもあちこちに並んだ鉢を全て持ち上げてみても見つからない。 仕方なくもう一度電話しようとしていたら男二人が戻ってきて裏口近くの素焼きの皿の下から鍵を取り出した。 それは皿であって植木鉢などではない。 このオーナーらしき男にはもう二度と関わりたくないと思った。 それは嘗てイギリスでモンティー・パイソンのジョン・クリースがテレビのコメディーシリーズの「フォルティータワー」というホテルを題材にしたドタバタコメディーを思い出させるものだったけれどここの男にはクリースに見られる可笑しさのかけらもない。 あとで分かったのはどうやら人当たりのいい給仕の男と二人で経営しているゲイのカップルらしいということだった。 彼らの住む部屋は我々の真上のようで、それはその日の夜、他のレストランで満足の行く食事をして裏口からはいるときにみると我々の部屋の上にだけ明かりが点いていたからで通いは風采の上がらないコック一人だけのようだ。 一晩だけしか泊まらなければこういうことは経験しないのだろうけれど3泊もすれば小さなホテルならかなりのものが見えてくる。

今までにこのホテルに二回逗留していい思い出ばかりだったから今回の経験には驚くとともに普通のホテルでは信じられない「おもてなし」にがっかりした。 前のオーナーが高齢になってここを売り引き継いだのがこのゲイのカップルだということだ。 人当たりのいい給仕だと思っていた男がコンピューターで経理をしているのを見ているから共同経営者だと分かったもののもう一人が問題だ。 自分たちはこのビールを思い出としてもうここに来ることはないのではないか。 それともこのまま経営がたち行かなくなって売却、その後まともな経営者に引き継がれるなら話は別である。 ただその時には今の値段ではとてもやっていけないだろうから少なくとも3割から4割は値上げになっているだろう。 つまり昔からの顧客に同じような安価で同じようなサービスを提供することが無理になっている残念な例なのだろう。 昔からここは年寄りの客が多く、いまでも殆どが中年以上である。 若いものが寄り付かないこういうところはよっぽどのことがない限りは消えていく。

今回のこともこの忘れ難いほど旨いビールの泡とともに忘れることにしよう、それが時代の移り変わりでもあるのだと納得させなければ何かやるせない。
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