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2015年04月07日20:52

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(長文)文藝賞の2作を読んで思ったことなど

 雨の日には……。
 五木寛之のクルマをモチーフにした『雨の日には車をみがいて』という好短編集があるけれど、私の場合はやっぱり「雨の日には本を読んで」だ。それも晴れた日の昼間だと読めないような退屈さが溢れる小説。
『死にたくなったら電話して』と同時受賞の文藝賞作品『アルタッドに捧ぐ』は、前者を読み終わったあと、試し読みで見開き2ページに目を通してみたら、まるでどうでもいいような夢の話を描いている風で、村上春樹の空気観をミニチュアライズしたような内容のようだった。具象を連ねて抽象を描くスタイルは文学好きにとって惹かれるプラス要素のようだが、私は文学を自分や現実と重ね合わせながら、生き方指南や失敗学というような目で読むタイプゆえ、書き手の個性が自分にとって好意的な場合を除いて、つまらなく感じる。2ページでは作者のことが好きか嫌いかはわからないので、嫌いなことを想定して昨日は読まなかった。こんな小説こそ雨の日に限る。雨の日は退屈だから、退屈さが半減する。
 話は最近の純文学にありがちなSF(ファンタジー)の発想で描かれていて、作家を目指す大学院浪人生が架空であって実際現実に涌いて出た大型トカゲを飼育しながら生きる意味を問い詰めていくストーリーだ。朝日の書評=<未来は誰にとっても不確定。将来が不安なのは当たり前。なぜ生きる? トカゲを描くために点を打つことにどんな意味がある? 答えのあろう筈(はず)もない。でも問い続ける。問うことで日々燃焼する。そこに生の充実がある。その積み重ねが人生だ。 >というのを予備知識と手がかりに読むと、おそらくほとんどの読者は「なに寝ぼけたことゆーとんねん?」と2ページで読むのを止めるだろう。私のように老いさらばえてなお生きる意味とはなにかと問い続けている男でさえ、共感を覚えることは出来なかった。
 しかしながら、読み終わっていわく言い難い満足を得た。それは、小説の基本を押さえ、主人公の惑いを等身大で伝える描写が巧みで、何より一般読者が必須条件にしているような品格があるからだ。書き手がなぜこの作品を書かなければいけなかったのか、という必然性も明確に伝わって来る。著者金子薫のプロフィールを見ると、慶応大卒の24歳とある。出身校で人柄に納得するのはゲスの極みだが、もう一つの受賞作、私が久しぶりにしびれた『死にたくなったら電話して』の作者が37歳・早稲田卒、李龍徳という在日韓国人三世で、それぞれの作品は慶応と早稲田のいい意味でのイメージが体現されているように思う。『アルタレッド』は上品、『死にたくなったら』は下品。アルタレッドを能や狂言に喩えるなら、死にたくなったらはATG的エロ映画だ。カミソリとナタ、と対比しても遠からず。
『死にたくなったら』の主人公は同志社を目指す三浪生で、大阪・十三の居酒屋でバイトをしながら宅浪をしている。居酒屋の同僚に連れて行かれたキャバクラで飛び抜けて美人のキャバ孃に見初められ、あれよあれよという間に深みにはまっていく。彼女は殺人とか猟奇事件とか拷問とか、残酷な事柄が書かれた本ばかり読んでいる変わり者で、当初主人公はこんなにきれいな女の子が……と戸惑っていたが、それもやがて彼女の魅力だと思うまでもなってきた。女が素っ裸のまま魔女裁判の本を右手にとって拷問のくだりを読み始め、左手で主人公の性器を弄ぶ、というようなシーンが繰り返し出て来て、翻弄されていく男と狂気溢れる女の同棲生活がリアルに描かれている。半年が過ぎた頃には二人共に社会から閉ざされた生活となり、破滅へと向かう。書き手の李は最後になって絶対に使ってはならない「禁じ手」まで繰り出して、スラプスティックと言えば聞こえはいいがめちゃくちゃなエンディングで締めている。ミステリー小説で9割の分量まで犯人が出て来ず、最後の最後で「真犯人はこの人です」と探偵が不意に示すのは犯則技だろう。話半ばで唐突にキャバ孃を京大中退に設定したが、話が上手い詐欺師の話術に近い。しかしながらこの書き手に魅了された私は、そうか、そうだったのか、と膝を打って彼の技量に伏したのだった。早稲田の校風がめちゃくちゃなのかどうかは異論があるだろうけど、この荒っぽさと下品さとど迫力はKOじゃなくてワセダだ。
 もしいまのような自由な社会で男と女が心中するとすれば、それは彼らのような社会からの逃避願望を自己喪失のベクトルに向いて誰をも殺さない「静かなる自爆テロ」以外にないかもしれない。
 後味が悪い小説だった。にもかかわらず私が参ったのは、最近の書き手には珍しく毒性があったからだ。この著者は社会、というより人間にルサンチマンを抱いている。プロの小説家は少しでも読者を獲得したい、自身希望を持ちたい・与えたい、という常識人が多くて、こうも堂々と恨み辛みを長々と叙述する人はほとんどいない。平成以降だと梁石日か車谷長吉くらいなもんだ。だから私は李の次作がどんな作品となるのか、知りたくて仕方ない。さらにたちの悪い人間ドラマを読みたい。
 
 かれこれ10日が経った。毎日、この曲を一度は聴いている。YouTubeの「あなたにおすすめ」で知った。
 ショートバージョンはこちら。



 フルだとこちら。2分10秒過ぎから兵庫県の田舎を走る単線電車・北条鉄道北条線田原駅の女性駅員が登場するのだが、健気な様子に胸を打たれ、山作戰の歌がいいのか女の子がいいのかだんだんとわからなくなってきた(冗談ですけど)。



 歌詞はいじけた男の愛と優しさに貫かれていて、「ダメ男小説」ではしばしばお目にかかる感情の持ち方だ。私、こういう男が大好き、会いたくないですが。
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