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2014年12月08日21:20

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猫の一生

 昨日は、先輩から「この子、面白かった」と渡された短編集を読んだ。山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』。2008年のR-18文学賞受賞の新人さんだ。偶然だが、同じ2008年のR-18新人賞受賞の蛭田亜紗子、『自縄自縛の二乗』を先週ブックオフの108円コーナーで見つけて買ったばかりなので、こちらも今晩から読んでみよう。山内の短編集、内容の空疎さはともかくも、発想の面白さと文体のキレが秀逸で、近ごろの若い女性の生態がビビッドに伝わってくる。私が読むような小説に出て来る女というのはことごとくダメ女で、人生や時間を持て余しているような人間ばかりだ。勝間和代とは対極にある奥ゆかしき劣等生で、非常に好感が持てる。いつの時代にあっても、小説は歪みが見えるような内省の上に立って生きる人間が主役じゃないと面白さがない。
 今日は昼過ぎ、滅多に足を運ぶことがない銀行へ向かった。若宮大路のスクランブル交差点前で、近所の婆さんに出くわした。
 挨拶をしたら、いきなり「ハナ(長らく妙本寺に居着いていた野良猫で、一昨年、年をとってきたためボランティアに引き取られた。それまでは時々婆さんが餌やりに行っていた)が10月4日に死んだのよ〜。それがすごい話なの!」などとすごい剣幕で話しかけられる。仕方なしに「どんなすごい話なの?」と質問をしたら延々10分以上にわたってレクチャーを受けた。
 ハナは老猫だ。一時は老いが目立ち始めたが、秋風が吹く頃から元気になってきた。それでたまには生まれ育ったお寺で散歩でもさせよう、とボランティアは案じ、妙本寺までキャリーに入れて連れてきた。境内でハナを放した。ボランティアはハナを見守りつつ境内を散歩した。何分か経って、ハナが見当たらないことに気づき、「ハナ〜、ハナ〜」と呼びかけながら探し回った。ほどなくしてハナは見つかった。妙本寺の墓地で息絶えていた。
 幸せな猫だ、と私は言う。婆さんは、不思議な縁だと言う。
 とにかく合掌するっきゃないね。二人でなぜかお互い向かい合って、手を合わせたのだった。
 別に深く考え込むようなエピソードでもないのに、偶然性と必然性の按配が人生を決めるんだな、みたいなことを銀行へ行く道々で想ってみたりした。
 師走だからか、銀行は満員状態だった。受付番号札をとって、雑誌棚から女性誌「Domani」を手にして座席についた。ドマーニを選んだのは表紙が知花くららだったからで、彼女がアフリカの小さな国の小さな村を訪ね歩くドキュメンタリー番組を偶然見て、なんと素敵な女性だろうと思った。心に血の通った美人、努力を惜しまない美人、聡明な頭脳を持つ美人。男の理想だ。美人をイケメンにあらためたら、それは私だ。いや、180度ウソだ。
 表紙以外でも、知花くららがたびたび誌面に登場する。ファッションのページ、お化粧やコスメのページ、雑貨のページ。そのたびに「おおっ」と昂奮する。しかし、知花くららのような女性以外でこんなワンピを着たらチンドン屋になるのではないか、という疑問がないこともない。ことごとく知花くらら御用達、といった風体のファッションだった。
 あ、オレの番号が呼ばれた。まだ全部読めてないので心残りだ。
 所用が済んでから、ご近所のカフェへ。先週、お店の前を通りかかった際、ラズリはお菓子をもらった。コーヒー中毒の私には「すごく美味しい豆が入ったんだ。よかったら飲みにおいでよ」と声を掛けられたので「来週早々に行きます」と応えたのだった。
 それで挨拶もそこそこにコーヒーを淹れてもらい、一口飲むと、酸味と苦みに乏しい柔らかな印象。嫌いな言葉の一つだが、フルーティなテイストだった。うん、これは私好みの味だ。グァテマラとマンデリンが主体のマイルドな感じで、郷里ニシムラのコーヒー豆に似ている。とても自分に合っている、と店主に告げると、「よかったぁ」と言う。私は重ねて賛辞を送り、コーヒーの味はしょせん好き嫌いに過ぎない、ぼくはこの味好きだ、と締め括った。
 褒めたからではないのだが、支払いの段階になって「こちらからお誘いしたので、今日は、お代要りません」と言われてしまった。うーん、ごちそうさま。
 まあ、今日もいいことばっかの一日だった。沖縄へ行く前日からずっとツキがある。ひょっとしたら生まれてこの方ずっとツイているような気もするな。
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