DECCAの夏の新譜で、個人的に敬愛するエンゲラーの復刻版だ。若い頃のLPレコードをリマスターした盤が一気に4枚出た。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3836888
チャイコフスキー:
・『四季』Op.37a
・ドゥムカ ハ短調Op.59
・ユモレスクOp.10-2
・夜想曲Op.19‐4
・無言歌ヘ長調Op.2-3
・感傷的なワルツ ヘ短調 Op.51-6
ブリジット・エンゲラー(ピアノ)
見目麗しい女流ピアニストという範疇にはおおよそ含められないであろう現在のエンゲラーの演奏は素晴らしく、今でもMIRAREやnaive、Warnerなどでは伴奏ピアニストとして、或いは室内楽メンバーまたはソリストとして秀逸な録音をリリースし続けている。日本では殆ど無名に近いようだがこの人の経歴に関しては実は華々しいものがあって、コンサート・ソリストとしてのキャリアが長く、かのカラヤンがBPOへ招聘して数々のコンチェルトを弾かせたというセンセーショナルな逸話の持ち主でもある。カラヤンの後はバレンボイムとのコラボも長く現在も親交が続いている。その他にもメータ、シャイー、クリヴィヌ、デュトワ、小澤征爾、ロストロ、シモノフ、サロネンなどとの競演は数多く、昨今ではエキルベイやドマルケット、ベレゾフスキーらとのコラボを意欲的にこなす。これら昨今の演奏
http://www.exblog.jp/search/?blogid=990146875&t=0&q=engerer に関しては今までMusicArenaでも意欲的に取り上げてきた。
そのエンゲラーの若い頃のLP録音がこのチャイコフスキーの一枚である。彼女はフランス生まれで若年期からピアノを初めてすぐに頭角を現した、いわばある種の天才少女だった。学齢に達するかどうかという時点で既に職業音楽家としてのキャリアをスタートし、そして国立パリ音楽院を出てロン=ティボーに入賞するのだ。その後華々しく活動を続けるが、暫く経ってから謎のスランプに陥り、そして思い余った彼女はモスクワへ飛ぶ。モスクワ音楽院でスタニスラフ・ネイガウスに師事して約十年、何かが吹っ切れたように再び精力的な音楽活動を始る、そしてマグリット・ロン、チャイコフスキー・コンクール、クイーン・エリザベスと立て続けに優勝する。
静謐なピアニズムを基調とするエンゲラーの若年期の演奏はどうであったのか、非常に興味をもって針を降ろした。最初の四季であるが、モスクワに永くいたことが契機となっているのか陰影の濃いチャイコフスキーである。しかしフランスの薫りもちゃんと混ざっていてなんとも言えない気品溢れる、しかしヴィヴィッドな解釈と演奏である。四季はどれも良いが6月のアンニュイでしっとりとした演奏が特に良い。
緩急と情熱が激しく交錯するドゥムカの乗りはロシア風味たっぷりで朗々として勇壮、しかしどこか感傷的なメロディーラインの歌わせ方はとても若いピアニストとは思われない堂に入ったものだ。ただ、現在と比べると小節間の移動と繋ぎ、そしてディミネンドの淡泊な短さにおいては若さが表れていると思う。しかし秀逸だ。
どのトラックも非常に感銘深いものであるが、とりわけ無言歌、そして感傷的なワルツは白眉。純粋ロシア色とも言えず、そして典型的なチャイコのパターンとも言えず、やはりこの頃からエンゲラーのスタイルというものが厳然と確立していたことが良く分かる。
余談:このジャケット表紙ではにかんだように頬笑むエンゲラーと、現在LFJなどでよく見掛けるエンゲラーが同一人物だと看破できる人は数少ないのではないだろうか・・。
(録音評)
DECCA 4803478、通常CD。録音は1982年とかなり古い。ライナーにはDDD、24bit/96kHzによるリサンプルとの表記があるから、LPレコードのマスターはデジタル録音であったということが分かる。音質は古き良き時代のアナログと一発で分かるもので、超低域がカットされ中域から高域にブリリアンスが軽く乗ったバランスである。しかし、ピアノの定位
は割と良好でオンマイク気味のスタインウェイが中央に鎮座、そしてエンゲラーの若かりし日のFinger Key Noise(上部雑音)たっぷりの元気な演奏が楽しめる。オーディオ的に興味を惹かれるような超高音質盤ではないがピアノ独奏としては的を射た調音と仕上がりである。
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