mixiユーザー(id:3210641)

2009年03月14日15:40

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【海事】そして悲劇は繰り返される

1年と少し前(2008年2月19日未明)、
海上自衛隊の護衛艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突、
漁船の乗組員2名が行方不明となる事故がありました。

その後の展開はご記憶のとおり、
事故原因の解明そっちのけの自衛隊叩きが始まり、
やがて飽きると世間の耳目は次の「話題」へ...。

事故のことなどすっかり忘れ去られた今年1月、
横浜地方海難審判所は、その裁決文を公表しました。
http://www.mlit.go.jp/jmat/press/h20/210130yh.htm
(画面右下をクリックすると、全文が閲覧できます。)

事故直後に意見を述べた者として、
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=745071581&owner_id=3210641
以下に裁決文を読んでの感想を記してみます。

ちなみに「海難審判」は「行政審判」なので、
事故を起こした船乗りたちに対し、船員免許を取り消したり、
業務停止などの懲戒はできますが、
刑事裁判や民事裁判ではないので、
刑罰を科したり損害賠償を請求することはありません。

また国交省の外局として、
海難審判と海難事故の究明を担当していた「海難審判庁」は、
昨年10月廃止となり、海難審判は「海難審判所」が、
事故原因の究明は「運輸安全委員会」が担当することになりました。

       *     *     *

裁決文は、部外者にもわかりやすく書かれていますが、
「艦長」を「指定海難関係人A」と表記するなど、
この種のレポートにありがちな、まわりくどい表現が多いので、
とりあえず裁決文の一番下にある参考図(PDF)を御覧ください。


●裁決文の構成

出版社に勤める知人は、他社出版物の書評を書くとき、
「目次を見れば、内容は大体わかる。だから忙しい時は読まずに書く」
と、のたまいます。

倫理的な観点を脇に置けば、
言わんとすることはわからないでもないので、
裁決文の章立てを記すと、次のようになります。

主文★
理由
 海難の事実
   1 事件発生の年月日時刻及び場所
   2 船舶の要目等
   3 事実の経過
    3-1 護衛艦「あたご」航行指針
    3-2 艦橋当直体制
    3-3 CIC当直体制
    3-4 艦橋及びCICにおける見張り体制
    3-5 第3護衛隊の「あたご」艦内の連絡・報告体制の構築
    3-6 衝突に至るまでの経過★
    3-7 捜索救助及び損傷状況
    3-8 本件後の再発防止措置
 航法の適用★
 本件発生に至る理由
 原因の考察★
 主張に対する判断
 海難の原因★
 指定海難関係人の所為

A4用紙換算で13ページもあるレポートですが、
実際のところ、「★」印さえ読めば宜しいでしょう。
もっとも、「3-6 衝突に至るまでの経過」「原因の考察」が
本レポートの中心でもあるので、それでもボリュームは相応にあります。


●事故の概要

海上自衛隊の護衛艦「あたご」(全長約165メートル)は、
2007年3月に完成しましたが、事故当時はまだ慣熟訓練中の身で、
事故は、イージス・システムなど搭載する多数のアメリカ製機器が、
ちゃんと機能しうるかどうかをメーカー(と軍)に調べてもらうため、
ハワイまで赴いた帰り道に、起きた出来事でした。

一方、「清徳丸」(全長約16メートル)は、
1993年5月に建造されたFRP(強化プラスチック)製の漁船で、
事故当日は、日付けが変わってほどなく、
仲間の漁船3隻とともに母港の勝浦を出港、
三宅島北方の漁場を目指していました。

2月19日午前3時40分、当直中の「あたご」の航海長は、
右前方に船舶の集団がいる、との報告を見張りから受けました。
マストに掲げる白色の灯火が複数見えたのです。

灯火の高さから、それが小型船であることはわかりましたが、
航行中なのか、それとも停船しているのかは不明なので、
レーダーで確認すると、まだ距離があり(約22キロ)、
しかも目標が小さく反応が安定しなかったため、
レーダーの自動衝突予防援助機能は、
ほとんど動いていない、と判定しました。
実際は、時速30キロほどで動いていたにもかかわらず、です。

衝突予防援助機能とは、連続した過去の測的データを元に、
発見した船がどちらの方向に、どのくらいの速力で進んでいるかを、
レーダーの画面に、矢印の向きと大きさで示すものですが、
この時は取得したデータ量が十分ではなかったため、
「ほとんど動いていない」と表示されたのです。
事故発生の約30分前のことでした。

「あたご」はそのまま時速約20キロで航行を続け、
3時50分、当直の次のグループが艦橋にやってきました。
当直を引き継いだ水雷長は、小型船群について、
動いてなさそうだから危険はないだろう、と伝えられましたが、
ちょうどその時、航海中であることを示す赤い舷灯を発見したので、
レーダーで再確認させました。

すると、小型船群までの距離は6〜11キロ、
「 I 丸」「H丸」は航行中との表示が出ましたが、
「清徳丸」と「J丸」は、再びほぼ停止と判定されました。

午前4時を過ぎ、さらに距離が詰まると、
当直中の各員とも小型船群を警戒しますが、
その注意は主に「動いている」2隻の近い方、
「 I 丸」に向けられました。

しかもこの時、「 I 丸」は危険を避けるためでしょう、
速度を上げたため、さらに注意を集めることとなりました。
このため一番近くにいて、本来なら最も注意しなければならない、
「清徳丸」への警戒が、おろそかになってしまったのです。

4時4分(衝突3分前)、水雷長は艦首前方約2キロに、
「清徳丸」の赤い舷灯を視認、レーダーでその動向を確認しようとしましたが、
そうこうしているうちに「清徳丸」は1キロに接近(衝突90秒前)、
海面反射の強いエリアに入ってしまい、
レーダーで精確な位置が掴めなくなってしまいました。

衝突60秒前、突如左舷の信号員(「清徳丸」は右舷から接近中)が、
「清徳丸」がスピードをあげ、右に回頭しだした、と報告。
その信号員は、さらに「漁船、近い! 近い!」と言いつつ、
持ち場を離れて右舷に向かったため、水雷長が右舷を見ると、
すぐ近くに「清徳丸」の赤い舷灯が迫っていたため、
「機関停止、自動操舵やめ」を指示、さらに警告の汽笛を鳴らし、
同時に後進一杯を下令するも、4時7分、両船は衝突。
場所は伊豆大島の南東約20浬(約37キロ)でした。


●どういう性質の事故だったのか

事故当時の天候は晴れ、北東の風、風力2、波浪階級2、視程良好。
月齢11.5、月没時刻0507時、日の出時刻0623時。

「風力2」の風とは、ビューフォート風力段階の数字で、
「顔に風を感じる、木の葉が揺れる、海面にははっきりしたさざ波が立つ」。
また「波浪階級2」とは、気象庁による分類の数字で、
「なめらか、小波がある、長く弱いうねり、波高2メートル未満」。

つまり、空はまだ暗いものの、西の水平線近くに満月に近い月が浮かび、
波も風も穏やかで、夜間ではあるが視界に問題はなし、という状況で、
夜間という以外、気象海象に事故を誘引する要素はなく、
純粋に人為的な事故だったことがうかがわれます。

また、テレビや新聞では大々的に報じられていましたが、
「海難のケース」としてみると「昔からよくある事故」で、
その1ヶ月後に狭水道で起きた貨物船3隻の多重衝突事故の方が、
はるかに大きな事故でした。航路の過密状況や内外の船員の質などを、
テレビや新聞は社会問題としてアピールすべきでしたが、
その扱いは、「あたご」事件に比べると、はるかに小さなものでした。

話を「あたご」と「清徳丸」の事故に戻すと、
ニュースでも何度となく触れられていたので、
すでにご存知のことと思いますが、接近しあう2隻の船は、
原則、相手の左舷を見ている船が、避けなければなりません。

この原則論に則る限り、今回の事故は、
「あたご」に一方的に非があります。弁護のしようもありません。
実際、上述のとおり「あたご」は衝突のかなり前から、
(船団として)「清徳丸」を発見しているので、
裁決文にもあるとおり、発見後、早期に回避動作に入っていたり、
船団全船の動向に注意していれば、事故は避けられていたでしょう。

ただ、衝突に至るまでの経緯を読んでいると、
油断や思い込み、稚拙な判断、情報交換や連絡の不十分、
他船にはない高性能機器の機能を十分に生かしきれなかったなど、
残念で情けなく思う部分も多々ありますが、
見張りが居眠りをしていたとか、たるんでいたとか、
小さな船が避けるだろうと傲慢な考えでいた、というような事実もなく、
さらに裁決文では触れていない重要な事実も見えてきます。


●事故を防ぐには

今回の裁決文が公表されたとき、予想通りテレビや新聞は、
ほれみろ、やはり「あたご」が悪いんじゃないか、という論調でしたが、
「主文」と「海難の原因」を読んでいただけばわかるように、
「清徳丸」にも非があったことがわかります。

これは、「悲劇を繰り返さないためにはどうしたらよいか」
という視点からの海難審判所の所見なのですが、
それはマスコミには伝わらなかったようです。

陸上の交通法規に比べると、
海の交通法規は、とても大雑把です。

先に海の交通ルールでは、「相手の左舷を見ている船は、
その船を避けなければならない」と記しましたが、
具体的に何百メートル前でとか、何十メートル間隔を開けなさい、
といった記述はなく、「十分に余裕を持って」としかありません。

また、曳航船や漁労中の漁船、巨大船、帆船については例外を認めつつも、
全長165メートルと20メートル以下という、
運動性能がまったくちがう船は、同列に扱っています。

今回の事故では、たしかに「あたご」の見張り不十分が一番の原因ですが、
30ノットで爆走したり、ふらふら針路を変えていたわけではありません。
船の世界は、車や航空機に比べれば、とてものんびりしていますから、
裁決文でも「針路を避けなかったことが原因」としつつも、
それがどのくらい遅いとかの具体的な数字は出しておらず、
経過を読む限り、他の漁船に対する「あたご」の対応も、
特に不自然なものではありませんでした。
むしろ衝突直前の「清徳丸」の行動の方が、問題に感じました。

「清徳丸」には、このような衝突の可能性のある状況においては、
むやみに針路や速度を変えてはならない、という義務がありますが、
それはあくまでも原則であり、衝突の危険が高まった場合は、
自らも何らかのアクションを起こさなければなりません。
それが「衝突を避けるための協力動作」です。

具体的には、警笛を鳴らしたり針路や速度を変えることですが、
「清徳丸」は衝突直前まで、漫然と「あたご」の接近を許していました。
優先権を振りかざし傲慢に構えていたり、
居眠りをしていたのは、むしろ「清徳丸」だったのでは?
という人もいましたが、それにはちゃんと理由があったのです。

しかも最後は増速して右に転舵していますが、
咄嗟に「あたご」を避けようと舵を切ったのではなく、
明らかに、ぎりぎりになってなお、「あたご」の前を横切ろうとしています。

でも、減速と同時に右でも左でも回頭を続け、必要ならその場で旋回し、
「あたご」の後ろを通ろうとしていれば、衝突は避けられたでしょう。
増速してから衝突まで、1分近くありましたから、
大型船と違い、16メートル程度の小型船の運動性なら、
そのくらいわけもないことです。

先日、地下鉄の構内での出来事ですが、
左斜め後ろからクロス・ラインで近づいてきた男性、
本来なら私の後ろを通過するタイミングにもかかわらず、
「増速」すると、触れ合わんばかりの目の前を横切っていきました。
そんな人、最近、増えていますよね。

もうひとつ、この事件の教訓として、
もっと真剣に検討すべきなのが、
小型FRP船のレーダー反射についてです。

「あたご」は事故前に2度、漁船団の動向をレーダーで確認しています。
1回目は全船とも「動いていない」と判断されましたが、
2回目で「動いている」と判定された2隻については、
その動きを見張りはちゃんとトレースしています。

10分前に発見し、その後も固まっている船団に対し、
2隻は航行中、もう2隻は動いていないとするレーダーの判定に、
なんら疑問をもたない士官たち。この程度の判断力しかない者に、
果たして国防を任せていいのか? という不安は置いといて、
もし、4隻ともレーダーでその動向が正しく示されていたら、
事故は回避できていた公算大と言えるでしょう。

裁決文では、
精測用の周波数に切り替えていれば見つかっていたであろう、
ということで、レンジの切り替えをしなかったことを問題視していますが、
「清徳丸」がもっと見つかり易ければ、わざわざ切り替えなくとも、
最初に測的したき、あるいは海面反射の強い至近距離に入っても、
追い続けることができたことになります。

FRP船がレーダーに映りにくいという話は、よく言われることですが、
対艦ミサイルの探知用レーダーほどではないにしろ、
「あたご」の航海レーダーは、当時の最新機材のはずですから、
多くの船舶が装備するレーダーより、性能は良かったはずです。
それでも「見えにくかった」ということに、実は驚きを感じました。

夜間、自転車は点灯せよとか、歩行者も反射板をつけなさい、
と言うのと同様に、小型船にもレーダー電波の反射板の装着を
義務付けるべきではないでしょうか。
最新の航海レーダーを用いても、このような状況だということを、
使う側もFRP船側も、もっと真剣に考えないと。

また自動船舶識別装置(AIS)も、今後の注目機器です。
これは、装備船の針路や速度、大きさ、船名などを、
自動的に相手船に伝えることができる装置で、
まだ大型船のみが装備の対象となっていますが、
小型船向けの廉価版の開発が進んでいます。

もっとも、これも義務化しないとダメでしょうね。
かならず搭載費用がどうのという人がいるからです。
救命胴衣同様、本来なら、自から付けるべきものなのですが。

       *     *     *

前述のように、海難審判庁は、
海難審判所と運輸安全委員会に分離してしまいました。

この事故については、いずれ運輸安全委員会からも、
なんらかのレポートが出るのかもしれませんが、
今回の海難審判所の裁決文は、海難審判庁時代のものに比べると、
「海難を防ぐには」という視点、分析が薄まったように感じます。

責任の所在を明らかにするだけでは、
悲劇は繰り返されるだけだと想うのですが...。

       *     *     *

...それにしても、事故発生当時、
取り沙汰されていた「緑の灯火」と「漁船団の蛇行」、
あれはなんだったのでしょう。
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