ナイスショットの段階1〜6って感じがピントきて、書きたくなり
ふと振り返りたくなった。
もはやパートナーシップに近いような感覚にも思える
1認識
まず、、、ボレーのナイスショットを打ちたい
と思うこと。そうでなければ、はじまらない。
打ちたいと思うこと、このショットいいよね
って思わなければ始まらない。
そこからはじまる。
(今の私の例:試合の対局をつかみ相手の心理状態を読み、ここがあいてがギアをあげそうなところ、ポイントは絶対に取り切ろうと思う場面をつかむこと。)
2試していく、少しの成功体験
あ!打てた!
そうなった瞬間がまず大切
ここでわける気持ちとして
また次も打ちたい。打てるはずなどと思えるかどうか。
ここで、こんなのたまたまですよって
思っていると伸びない。
(口で言っていて心の中で打てるはずと思っていれば大丈夫)
たまたまですって言いながら、そこのうまくいった要因を感じて
次につなげたほうが、次の週得率は各段に変わる
前者は自己効力感(松岡修造)後者は、出来ない病保持者で、自他ともにあまり意識を向けすぎないほうがいい。
(今の私の例:少し前のまた抜きショット、両手バックのスピンフォア、早めのスライスサーブ、気配を消してさっと動けるポーチボレー、全開のグランドスマッシュ、ドライブボレー)
3成功が続くでもうれしい。再現性をあげたい。打ち続けたい
いやぁ、打てるようになったなと自画自賛する
そして、仲間や敵から言われるようになるこの段階にいけたら
大したもので相当の自信になっている。
いい状態。
(今の私の例:また抜きショット、ジャックナイフ、高速バックのフラット、フラットサーブ、脊椎を連動させ、ボールのいきおいを活用する楽なフォア、左手ノフォア、左手の両手バック、前衛のパッシングショット、グランドバナナスマッシュ、古武術の膝の抜きをつかった再現性のある割と早めのスピンサーブ)
4成功が続いたあとの気の緩み
自分が得意なショットの中で、成功体験をいっぱい積んでいって
こんなミスするはずがない。
そう思った中でミスすることがある
え!?そんなはずが、、、
とケアが必要じゃなくなっていたものを
さらにケアが必要になるのかっていう感覚。
ただし、前々からの自信もあるし成功体験を再現性得られるように
確認作業すればいいので苦手ショットと比べたら全然違う
ただし、肉体的な衰えや仕事人間関係のストレスで一気に
できなくなることがある。
ただし、そこからパフォーマンスを戻すことが出来たら、
ナイスショットに深みが増す。
(今の私の例:ハイボレーのウィナー、ドロップ、フットワークのナイスキャッチ、スピンのセカンドサーブ、アングルショット、ベースライン1mいないの的をねらうゆっくりロブのストローク)
5成功が続いた後のさらなる技の磨き
何回も何回もあって、十八番になっているショットがある
でも、なんかの拍子に、頭の上に豆電球が立つようなひらめきがあり、
ショットが磨かれるようなときがあり、
それは自分でもおどろき、他者にも強烈な印象を持たれることがある。
何を隠そう、ここをあなたは極め続ければいいのだ
ただ、思ったのが、この領域をつくろうとなるのは、自分がどのショットが好きでかつ、相手からリスペクトをもらえることであり、そのためにもリスペクトがある仲間といることも大切だなと思った。
(今の私の例:バナナサーブ、握りを厚くした再現性の高いスピンフォア)
6なにがあっても20年続けられる。強烈な持ち味がなくても。
承認欲求でやって爽快感や達成感があってもいいが
それありきのテニスだと、その爽快感と達成感がないと、
衰えなどが目に見えて自分が悲しくなる。
ただ、それでいても同じことを続けられていること
わずかでも今日もやってよかったな

と毎回思えて続けられた方が
大きいのではと最近思う。
(今の私の例:つづけるフォアハンド、つづけるボレー、片手バックハンドボレー、テニスをしてくれているお仲間さん)
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