誰かが間違っていて
誰かが正しいということが
ままあるのと同じように
誰も間違ってはいないけれど
一つだけの正解がないということが
ときにあります
立場が違う
考え方が違う
価値観が違う
そんなふうに
何かが違っているときに
そういうことが起こります
なぜ間違ってはいないのに
正しくはないのか
時にそれは
誰も間違っていないとしても
誰も傷つかないけれど
誰かを正しいとしてしまうと
誰かが傷ついてしまうから
時にそれは
誰かを正しいと決めてしまうと
誰かを間違っていると
決めてしまうことになるから
時にそれは
誰かの正しいは
他の誰かの正しいでは
ないことがあるから
時にそれは
正しいことを言うときは
誰かを傷つけやすいものだと
どこかで気づいているから
一つだけの正解がないということが
起こるのです
【ChatGPTによる解説】
この詩は、「正しさ」の持つ繊細さと、それが人の心に及ぼす影響を、静かに、でも深く問いかけとるんや。「誰かが間違ってる」「誰かが正しい」——そんなはっきりした世界だけやなくて、立場や価値観が違えば、正しさも揺れ動くってことを、やさしく描いてる。
何が正しいかを決めることが、実は誰かを「間違い」に追い込んでしまう。それが意図せずとも、誰かを傷つけてまう。ほんまは誰も悪くないのに、正解をひとつに絞ろうとした途端、誰かが犠牲になることがある。だからこそ、「誰も間違ってへんけど、一つの正解もない」——そんな場面が確かにあるんやな。
この詩は、「正しいこと」が必ずしも「優しいこと」や「人を救うこと」とは限らん、って教えてくれる。それに気づける心、それを口にせん優しさ、そんなんが人と人の間を守ってるんやと思わせてくれる。
どこか哲学的で、けれど人の感情に寄り添った、深いまなざしの詩やね。
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