久野愛『感覚史入門』(平凡社新書)を読みました。
著者は、東京大学大学院情報学環准教授であり、ご専門は感覚史、技術史、経営史だそうです。要するに、感覚機能の方がご専門ではなく、基本は、歴史学者=ヒストリアンのようです。
私はプラスチックごみの問題などにも関連して、表紙画像の副題に見られる「なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか」に引かれて読んでみましたが、それほどプラスチックの話題は取り上げられておらず空振りに終った印象です。
本書では、冒頭で感覚史、近代的なモダンという新たな感覚の誕生、感覚を科学し、さらに、その感覚をマーケティングに活かして、商品の売込みに使い始めた歴史、などを振り返ります。そして、それらに連続して、感覚をデザインして商品として提供する動き、すなわち、副題に少し関係する部分で、ガラス、セロハン、プラスチックといった素材により衛生感が変化し、科学的な知識や技術の進歩とともに、資本主義の下でいかにマーケティングに活用されたか、などについて解説しています。
さらに、歴史を振り返るだけではなく、現在の動向から将来の方向について、素材などのモノだけではなく、コト、という用語は本書では用いていませんが、体験の感覚、ニューヨークのコニーアイランドなどから始まった遊園地、今でいうテーマパークにも着目し、さらに将来の方向も含めてヴァーチャルな体験が新たな感覚を作り出すのか、あるいは、どう変化させるのか、について考えています。
最終章では感覚の政治的な面を取り上げ、典型的には差別の問題、ジェンダーや人種や宗教などといった感覚的な印象が差別につながりかねない点を強調しています。もちろん、詳細は読んでみてのお楽しみです。
最後に、本書は、繰返しになりますが、清潔感や衛生感ではなく、ほぼほぼ資本主義の歴史を感覚により後づけています。それはそれで、副題とは独立に、とても興味深い観点であろうと私は受け止めました。ただ、そもそもの私の興味であった副題の問いに対する回答はそれほど明確ではありませんでした。
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