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2026年01月21日21:56

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まさかの馬琴、そして運慶

宿で調理したのはお味噌汁ぐらいと想像される朝食をとり、さぁ今日は国東半島の真ん中ら辺を攻略、そして時間を見ながら東方の大分空港へ向かうことになる。
半島の北端方面にも見たいものはあったが、あまり欲張ってもね。

折り目にしたがって早くもビリビリに破れ始めたレンタカー屋の地図と、山川の『大分県の歴史散歩』を照合しながら目指したのは、国東半島でも指折りの名所、天台宗の文殊仙寺だ。
カーナビに従って山道に分け入る。
ウ〜ン、なかなかの難路だ。
道路に凹凸こそないが、急勾配の道を巻きながら進んでいくうちに、ガードレールのない道の両脇には枯葉や枯れ枝が茶色く堆積するようになり、舗装道路の輪郭がまったくわからなくなる始末だった。
対向車が来たらどうしようね?
なんて言ってると、なんと車ではなく数頭の鹿が、右手の崖から降りてきて道路を横切り、左の藪へと通過していった。
タイヤの跡はますます細くなり、大きな枯れ枝が道の真ん中に落ちていたりするので、一旦車から降りてヨイショとどけてからまた進む、みたいな感じになってきた。

ようやく文殊仙寺の看板が見えた。
着いた〜。
と、なんとそこには広大な駐車場に、バス停まであるではありませんか。
バスが来るのか!あの道を!
・・・そうではなく、どうやら我々はカーナビ君の策略で、最短距離だったかもしれない険しい山道を苦労して登ってきたらしいのだが。

12月末の国東半島は、山道でなくても道路のあちこちに融雪剤の塩化ナトリウムの袋が置いてあった。
温泉宿の人に聞くと、冬場は必ずスタッドレスタイヤを履くそうだ。
冬季は露天風呂も閉めてしまうそうで、そういえば年末年始はかきいれ時だからか片方の宿は入れるようになっていたが、寒くてとても浸かっていられなかった。
大分出身の同僚にこの話をしたら、県内でも国東はまったく気候が違うことで知られていて、何しろ寒くて雪が多いらしい。
鹿やイノシシ、猿も多いって聞いてますよ、だって。
標高は720mくらいだから、そんな高地でもないはずだけど、ここだけは別世界なのだな。
山岳信仰が盛んになるのもわかる気がする。

さて、文殊仙寺だ。
この旅恒例の長い石段を登って拝観する。
我々は本日最初の参拝客であるらしく、朝の冷たい空気の中、周囲は森閑と静まり返っている。
 フォト ←さっそく寺に注連縄。神仏混交バンザイ!

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石段の途中にはお馴染みの仁王像や、木の根が割ったとおぼしき巨岩などがある。
文殊堂は、山肌の岩をなかばえぐるようにして建てられていた。
ひと気のない朝の寺の雰囲気は素晴らしく、線香を手向けた勢いで、うっかり「知恵の水で作った羊羹」千円、なんてものを買い求めてしまったではないか。
年始の家族の集まりに持っていき、自分でも食べてみたが、虎屋やコンビニの百円羊羹のぎっちり感とは大きく違い、黒文字でスイッと切れて、刺してもすぐすべって落っこちる、なんとなーく薄い食感。
相棒によると、母上が手作りしてくれた羊羹の味と同じで、イッキに思い出がよみがえってきたのだそうだ。

樹齢千年のケヤキのご神木や、巨大な石塔、役行者の像、五百羅漢など、少し歩くだけで、格好の撮影ポイントが次々に登場してくる。
なるほど、大勢の人がバスでやって来ては、文殊の知恵にあやかるついでに、こうしたひとつひとつを拝んだり、写真撮ったりしてゆくのだな。
文殊仙寺の印象が、当初のものからだんだん微苦笑含みへと変わってきたわけだが、この貼り紙が印象改変の決定打に。
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「こちらを開けてください
戸を開ける猫がいますので」

見廻したが近くに下手人の姿はなかった。
この書きぶりだと、犯人はお坊さんや寺務所のおねえさんたちにそこそこ可愛がられているんじゃないかな。

もと来た石段を下りてゆくと、入れ替わりに下からにぎやかな家族連れがあがってきた。
学校がなんとかとか、成績がなんとかとか、お父さんとお母さんと娘たちが、わちゃわちゃ愉しそうに歩いていた。
このあたりから、文殊仙寺の平常運転が始まるのだろうな。


さて、先ほどの山道を途中まで引き返して、今度は国東半島の中心部にある両子寺(ふたごじ)へ向かった。
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ここも文殊仙寺と同じく密教のお寺。
ここの奥の院も、やはり岩にめり込むような感じで建てられている。
そしてここにも、カルラ光背を背負った不動明王像があった。
・・・と、このあたりになってくると「なるほど、だいたいわかった」という気になってきて、見学がいささか上滑りになるのは否めない。
そしてつい、おもしろいモノを見つけたくなる。
両子寺には、国東半島の典型的な石塔(国東塔)とは別に、こんな美しい意匠の灯篭があった。
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そして、なぜかこんなところに曲亭馬琴の記念碑が。
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後で調べたところ、どうやら馬琴センセイ、ここ両子寺の縁起を書いてやっているらしいのだ。
こうした仕事をこなすことで、いくばくかの生活費を得ていたのだな。


両子寺をあとにして、次は曹洞宗の泉福寺を訪ねる。
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コンテンツ満載の密教寺院から移動してくると、禅宗の寺の簡素さと清潔感に、精神に涼しい風が吹き込むような心地よさを感じる。
何やらホッとした。
しかし茅葺の屋根はそろそろ葺き替えが必要に見えるし、全体に傷みが激しいようだ。
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とはいえ、建造物に装飾とは無縁かと思いきや、瓦は凝っているし、
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切妻屋根の懸魚(けぎょ)と鰭(ひれ)には、籠から溢れるような葡萄の意匠があった。素敵!
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ここは火事よけのお守りとして魚や水に関係する意匠をほどこす場所であるらしいのだが、葡萄とはまたハイカラな!
禅のイメージからは遠いが、仏教伝来の底流にながれるシルクロードの記憶なのだろうか・・・。
何かご存じの方がおられましたら、ぜひ教えてください。
そして方生池の向こうには、美しい子育観音の姿があった。
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ざわめいた心を落ち着かせたいような時、こうした寺を訪れるといいのだろうな。


さて、もはや見るべきほどのものは見つ、という感じだが、空港に向かうにはあとちょっと時間がある。
地図を眺めて、弥生時代の集落を再現した公園があるらしいので車を乗りつけてみると・・・ああやっぱり、隣接の資料館は年末の休館に入っており、そこを通らないと公園にも入れないようなので、見学は諦めた。
いくつめかの年末トラップだ。
じゃあ、そこを管理しているらしい安国寺へ行ってみるか。
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車を停めると、植木屋さんの親方と弟子が、門松の準備をしていた。
お二人とも気持ちの良い挨拶をしてくださる。
門の奥をのぞき込むと、お、ここにも仁王像があるぞ。
ここの境内もカラリと清潔、けっこうな檀家を抱えているのか、奥の方には広い墓地を持っているようだった。
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ここ安国寺の目玉は足利尊氏の座像なのだが、行ってみると、ガーン、目下大分県立美術館で展示中のため不在だった。
ま、ガーン、というほどのショックでもなかったのだが、今回の旅では、見られないものがけっこう多くあった。
年末というだけの理由ではなかったが、まぁしかたないや。

境内を一通り見学して(泉福寺でもここでも、お坊さんや観光客は一人も見かけなかった)、境内の隅っこにある小さな建物の前へ行く。

近づいたら、え、なに??
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何だと思います?
まるで木造のヴィーナス、あるいは美しい一体のトルソーではありませんか!
説明にはこうあった。

「運慶作 仁王像
天正年間、大友氏(豊後)と島津氏(薩摩)との戦があり多くの寺社が焼失した
安国寺も類焼、その時焼け残った運慶の作としては珍しい一木造りの仁王像である
この仁王像は安国寺創建の時、京都の東福寺より移管されたものである (東福寺に送り状あり)
安国寺伝承より」

・・・なななんと、ここにきて運慶とは。
いや「運慶」のネームバリューに対する驚きもさることながら、この燃え残った像のフォルムの美しさよ。
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真木大堂の迦楼羅光背を背負った不動明王像、田染八幡宮の藪に佇む金剛力士像、そして燃え残った安国寺の仁王像。
今回の旅では、忘れられない強烈なオーラを放つ幾体もの像に出逢ってしまった。
来たかいがあったよ。


さて、ではそろそろ東京に帰ろう。
お正月は、道の駅で購めた地元の丸餅を焼いて、この子らとのんびり過ごすのだ。
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(おわり)




(1)ちょっくら小倉
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(2)摩崖仏と不動明王
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(3)藪の中の金剛力士
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