若林工房の去年の新譜でイリーナ・メジューエワが弾くベルク+ドイツ・ロマン派の作品集。そう言えば昨今、新ウィーン楽派と、ウィーン楽派やその辺の時代背景のロマン派作品を対比して並べたアルバムが多い。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2649942
ベルク: ピアノ・ソナタ 作品1
シューベルト: ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 D.664
シューマン: アレグロ ロ短調 作品8
ブラームス: 4つのバラード 作品10
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
若林工房は富山のマイナーで精力的な好録音が多く、個人的には同郷と言うこともあり、密かに応援しているレーベルである。メジューエワはメトネルの解釈と演奏においては第一人者であり、その他フランス・ロマン派なども得意だ。ドビュッシー+メトネルのアルバム
http://musicarena.exblog.jp/7467836 は非常に良かった。
今までのメジューエワはその得意ジャンルからしてライトでソフトタッチの曲想が主体かと思っていたのであるが、このアルバムを聴くとちょっとその印象が変わってしまう。即ち剛健かつ暗鬱、深淵を覗き込むような内省的で重厚な解釈も出来る人なのだ。
ベルクのソナタはSteinway Legendsの内田光子・二枚目 ttp://musicarena.exblog.jp/7421110 に入っていて、これは目眩く12音技法の演奏だったわけだが、このメジューエワの演奏はアプローチが内田とは全然違い和声への拘りが聴き取れる美しい演奏だ。無調性12音は弾き手の裁量が介入しやすく、従って解釈による曲想の変化には著しいものがあると思い知らされる。メジューエワは自らが綺麗で心地よいと思われる音を意図的に拾い出して強調し、不快と思われる音符を背景に潜めることによって彼女の美的感覚に合致したワン・アンド・オンリーのベルクを作っている。無調性の中に明らかな調性が聴き取れてくるから不思議だ。この演奏なら現代音楽を忌避する人でも楽しく聴けるはずだ。
出色はブラームスの若き日の名曲=バラードOp.10だ。これもSteinway Legendsに複数収録されていて、やはり名演と言えばギレリスの録音
http://musicarena.exblog.jp/7430221/ を想起する。
ブラームスのこの耳に残るゆっくりとして憂鬱なシンコペーションと三連符の連続はその後のドイツ・レクイエムのモチーフなどにも旋律を変えて登場し、いわばブラームスの音の原体験のようなフレーズなのだ。メジューエワの少しウェットで仄暗い解釈は今までのメトネルやフランス印象派では見られなかったもので、ブラームスの内面解釈へと素早くスイッチが切り替えられているのだ。
深く重厚、そして剛直な演奏だが決して荒っぽく雑には弾いていない。彼女独特のフィンガーノイズの少ない細やかなキータッチが傑出している。なかなかにレベルの高い、そして濃密な満足に浸れる好演だ。
(録音評)
若林工房、WAKA4121、通常CD、24bit PCM録音。2007年5月9-11日、新川(にいかわ)文化ホール(富山県魚津市)での収録。前回のドビュッシー+メトネルも良い音だったが、これは更にブラッシュアップされた音質である。
突出したハイファイ・サウンドと感じることはないが、よくよく聴くとピアノの距離感が中間位置で均整が取れており、またホール残響には周波数が低めの暗騒音が微かに含まれていて澄明なステージ空間を見事に映し出している。スタインウェイのピーキーさは殆ど無く、それはメジューエワの静謐なキータッチとマイク・アングルの巧みさによるものだろう。
誇張して言うわけではないが、この録音は現代の欧州優秀録音と互角に渡り合えるワールドクラス音質と断言できる。とかく不毛とされる日本国内録音にあっては傑出した存在のレーベルで、収録プログラムは野心的で録音品位は良心的だ。
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