昨日に引き続きECMの輸入新譜から。世界的なVa奏者であるカシュカシャンのトランスクリプション・アルバムだ。店頭のキャッチコピーには「歌うようなヴィオラ」とあった。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2624084
アストリアス〜スペインとアルゼンチンの歌曲たち
1. マニュエル・デ・ファリャ(1876-1946): アストゥリアーナ
エンリケ・グラナドス(1867-1916): トナディーリアスより
2. 美しい女の流し目
3. 忘れられた伊達男
4. 嘆きのマハ III
5. 控え目な伊達男
カルロス・グアスタヴィーノ(1912-2000):
6. ばらと柳
アルベルト・ヒナステラ(1916-1983): 5つのアルゼンチン民謡より
7. 悲歌
ハビエル・モンサルヴァーチェ(1912-2002):
8. 小さな黒人のための子守歌
9. すばらしい!
10. ピアノの中のキューバ
11. ハバネラの調べで
マニュエル・デ・ファリャ(1876-1946): 7つのスペイン民謡
12. ムーア人の衣装
13. ムルシア地方のセギディーリャ
14. アストゥリアス地方の歌
15. ホタ
16. ナナ
17. 歌
18. ポーロ
アルベルト・ヒナステラ(1916-1983):
19. 悲歌
カルロス・グアスタヴィーノ(1912-2000):
20. 鳩のあやまち
21. 癒しがたき渇き
22. パンパマパ
23. 柳の美しい枝
24. ばらと柳
カルロス・ロペス・ブチャルド(1881-1948)
25. かよわくつないだ手
26. 私の泣き声を聞け
キム・カシュカシャン(Va)
ロバート・レヴィン(P)
Vaのソリストとしてはバシュメットとこのカシュカシャン、そして我らが今井信子くらいしか知らない。カシュカシャンはクレーメルとの共演が多く、また録音もかなり多い。最近ではクレーメル&今井信子やマイスキー&今井信子というのも増えてきたが、カシュカシャンもその辺の人たちと仲が良いらしい。
このアルバムはスペインとアルゼンチンを代表する作曲家の歌曲をVaとPのために編曲したアルバムで主旋律はVaが奏でるというもの。旋律だけの器楽曲に詩を付けて歌うトランスクリプション・・・平原綾香のジュピターなんかがそうだし、古くは「家路」などがそれ・・・は結構耳にするが、詩を捨て去ってインストルメンタルだけで勝負するというのはなかなかだ。去年にはマイスキーがロシア歌曲のトランスクリプション盤(アルバム名=ヴォカリーズ)を出していてこれもなかなか印象の深い内容だった。
あまり耳慣れない旋律が多いが、どれも異国情緒に溢れ憂愁を湛えた仄暗いメロディーはどうも耳の奥にへばり付くように印象に残る。グラナドスの4曲、ファリャのムーア人などは秀逸で、まさに歌うようなVaであった。聴き惚れていると本当にアルト歌手がスキャットで歌っているのではないかとの錯覚に囚われるほど巧みな操弦技術なのだ。
対するレヴィンのPは静謐でありながら重量感を伴った対旋律を正確に刻んで行くが、太くてたっぷりとしたカシュカシャンの音量に拮抗するにはこれくらいの逞しさが要求されるであろう。
これまた癒される曲と演奏である。やはり一日の終わりにこのアルバムの中の何曲かを聴いてみたいと思わせる一枚だ。
(録音評)
ECMレーベル、4766149、通常CD。2006年9月、チューリッヒでのスタジオ録音。昨日のCDとはうってかわってオフ気味で暗く地味で全く艶のない静かな音調だ。あまりに地味で録音レベルも全体に低いのかと思いきや、実はもの凄いダイナミックレンジを持っており、カシュカシャンやレヴィンが時折sfz(スフォルツァンド)を掛けるとびっくりするくらい大きな音が出てくる。背景は極めて静寂でありステージ感は殆ど感じられないが、これはVaをひときわクローズアップするという主旨からだろう。曲想に合わせたこの仄暗い調音はとても小粋でECMらしい。
このCDでは、すすり泣くような微細な弦/弓の動きが大変リアルなのだが、ローレベル域においてもちゃんと微小音が分離して聞こえるかどうかがこのアルバムを成功裏に再生する鍵となるであろう。失敗すると、全体の殆どを占める弱奏部は何を演奏しているのかさっぱり分からない、ということになりかねない。再生するのがちょっと難しいCDかもしれない。
※今日と明日は夕刻から外出&帰宅が遅いので今週の音楽日記はこれでおしまい
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