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2026年11月05日07:30

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ウリケ・シェーデ『優しい資本主義』(朝日新書)を読みました

ウリケ・シェーデ『優しい資本主義』(朝日新書)を読みました。
著者は、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校のグローバル政策・戦略大学院教授であり、ご専門は日本経済・日本企業経営だそうです。経済学のエコノミストというよりも、経営学のコンサルタントに近い印象を私は持ちました。邦訳者がクレジットされているので、たぶん、英語の原書があるのだろうと思いますが、本書や出版社のサイトを見る限り、原書のタイトルや出版年は不明です。
私が本書を読んだ範囲では、日本経済の現状肯定論と世間の誤解論が半々という気がしました。前者の典型はグローバルなサプライチェーンの中で、日本しか供給できない、というか、他国が日本に極めて大きな部分を頼っている川上の投入財を日本が握っている、といった主張がありますし、後者については、マクロ経済データに現れていない部分で、製造業はもとより、AIの次の段階を画する可能性が十分ある高度なコンピューティングで日本企業が先行している、といった指摘がありました。ホントならすごいと私は受け止めています。
さらに、両者のハイブリッドで、株主だけを見ている米国企業と違って、日本企業はステークホルダーが多いために方向転換に時間を要するが、逆に、バランスがよくて安定性や予見性が高い、なんて見方も示されていました。
本書の主張で、少なくとも、私が大いに同意するポイントは、日本企業は「失われた30年で」米国企業を、いわば理想としてその方向に進もうとしてきたが、その必要はまったくなく独自の経営をすべき、という点です。避けるべきキーワードは金融化=financializationであり、日本企業の事業再興プロセスを損なうと結論しています。
同時に、この点が強調されているのは、日米でレジリエンスに対する見方が異なるという主張です。すなわち、米国では「無謀な策略をいかに修正するか」に重点があり、日本は「ショックに見舞われても不安定にならない耐久性を持ったシステムをいかに構築するか」と指摘してます(p.10)。その意味で、日本ではガードレールが完備されている、という比喩がアチコチで使われていました。
最後に、本書第1章冒頭から、しげの秀一による「週刊ヤングマガジン」連載のマンガ「頭文字D」(イニシャルD)を日本企業に例える表現が何度も出現しますが、私はこの作品については本書で初めて知ったような次第で、まったく馴染みがありません。学生に中にいそうな判る人に聞こうと考えています。

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