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2026年09月25日15:24

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映画「ヒンド・ラジャブの声」

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この映画のことを初めて知ってから、ずっと劇場で観るかどうか迷っていた。どう考えても、つらい。つらすぎる。配信で視聴すれば、あまりの緊迫感に耐え切れず、途中で停止ボタンを押してしまうだろう。意を決して、逃げ場のない劇場の座席で鑑賞することにした。映画『ヒンド・ラジャブの声』(2025年、原題:The Voice of Hind Rajab)のことだ。本作は、実際に緊急通報センターにかかってきた電話の音声記録を基に、パレスチナ赤新月社スタッフの対応を再現したドキュドラマである。「本物の音声」のもつ命の重みの生々しさに震撼とさせられる。



【事件】 2024年1月29日、パレスチナ・ヨルダン河西岸ラマッラー地区にある人道支援組織「赤新月社」の緊急通報センター。新人のボランティアスタッフのオマールは緊急対応の電話オペレーターとして勤務しはじめたばかりだった。ガザ地区がイスラエル国防軍の報復爆撃を受けて以降、ガザ地区からの緊急通報は80km離れたこのラマッラーの通報センターに転送されることになっていた。

 14時30分頃、ドイツからの緊急通報電話が入る。新人のオマールは電話に対応し、「ドイツからの電話ですね?」と確認する。電話の主はガザ地区に住むパレスチナ人の男性だった。イスラエル国防軍から銃撃を受けた自家用車に家族が取り残されているので、スマホに電話してほしいとの依頼で、オマールが教えてもらったスマホに電話をすると、興奮した少女の声で応答があった。ガザ北部のテル・アル・ハワ地区の自宅を出て、400m走ったフアレス・ガソリンスタンドそばの交差点で戦車から銃撃を受けたとのことだった。「助けてください! 戦車が車のすぐそばに来ています!」少女の助けを求める声にオマールはマニュアル通り冷静に対応しようとする。「戦車から射って来ています、早く助けてください! きゃああ!!」電話の向こうから激しい銃撃音と少女の悲鳴が聞こえ、電話は切れた。突然の事態に呆然とし、オマールは自分の席で固まってしまった。彼は新人でまだ業務に慣れていない。

 オマールはようやく席から立ち上がると、調整担当マネージャーのマフディのもとに報告に走る。報告を聞いたマフディは「テル・アル・ハワ地区には避難命令が出されていて、ガソリンスタンドの場所は封鎖エリアの中だ。とても救急車は出せない。その少女の名前はなんというんだ?」とオマールに尋ねた。「すみません、わかりません。名前を聞く余裕もありませんでした」とオマール。「少女は銃撃されて死んだんだ」 オマールは人型のシルエットが印刷された紙を手渡された。犠牲者の名前も顔もわからない場合、この紙をオペレーター席のパーテーションに一時的に貼ることになっていた。名前が判明し、写真が入手できれば、緊急通報センターの掲示板に貼りだされる。亡くなった犠牲者への敬意と哀悼の意をあらわすルールだった。緊急通報センターでは「死」は日常だった。電話で会話していた人々がそのまま亡くなってしまうことも珍しくない。マフディは新人のオマールが酷い精神的ショックを受けていることを心配し、カウンセラーのニスリーンを呼んだ。彼女はここで長く勤務するベテランだった。電話で応対するオペレーターは犠牲者の死の直前まで声を聴いているため、誰でも最初はつらい思いをするからだ。カウンセラーのニスリーンとの会話で、オマーンは落ち着きを取り戻した。

 その時、先ほどドイツから電話して来た男性から再び連絡が入る。「姪はまだ生きている。もう一度電話してほしい」とのことだった。オマールはまだ先ほどのショックから立ち直っていない。勤務を終えて帰宅しようとしていた上司のラナの手をとり、自分のそばにいてほしいと態度で示すとオマールは電話を繋いだ。「もしもし、もしもし」とオマールは冷静に話しかける。しばらくすると、先ほどの少女とは違う小さな女の子の声が応答した。オマールは驚く。先ほどの少女はどこへ行ったのだろう? 「さっきの女の子はどうしたの? 一緒にいるの? 君の名前は?」 オマールは冷静に尋ねた。「わたしはハヌード。だれもいないの。はやく、おむかえにきて」 オマールの傍らでラナはハヌードを落ち着かせるため、学校のことなど日常の話題をするようにアドバイスする。「君は学校ではどんな子なのかな?」「ふつうの子」「何年生?」「わたしはちょうちょ」オマールはびっくりする。彼女は小学生ではなかった。「ちょうちょ組? 幼稚園なんだね?」ハヌードが答える。「こうふくようちえんなの」「幸福幼稚園、ちょうちょ組のハヌードだね」 銃撃を受けた車に閉じ込められているのは、幼稚園児の小さな女の子だった。会話中もスマホを通して、銃撃音が響く。時間がない。オマールは電話応対をラナに交替してもらい、調整担当のマフディのもとに急いだ。封鎖地区で銃撃された自家用車に小さな女の子が閉じ込められている。今、すぐにでも救助しなければ、彼はそう訴えたかった。

 しかし、ラフディは反論する。「ここはいつでも自由に救急車を出せる外国とは違うんだ! 救急車を出すには、赤十字社を通じて、保健省経由でイスラエル国防省のCOGAT(占領地政府活動調整局)から安全なルートを連絡してもらわなければならない。安全ルート以外を通れば、必ず攻撃される。しかも、安全ルートの連絡が来ても、すぐに救急車を出せるわけじゃない。今度は救急車を出す許可をもらわなければならない。ここにあと一人でも写真が貼られたら、俺は辞めると決めている!」 そういって、ラフディは掲示板の写真をオマールに指し示した。そこには20名を超える救急チームのボランティア隊員の顔写真が掲出されていた。彼らは全員、イスラエル国防軍の攻撃によって救助活動中に殺された救急隊員だった。明らかに救助活動中の緊急車輛であるにも関わらず、彼らは銃砲火を浴び、殉職している。しかも、イスラエル側は「きちんとした手順に則って行動しなかった赤新月社に責任がある」と救急車輛を攻撃し救急隊員たちを殺害した非を決して認めなかった。救急車が無事に現場に辿り着くには、COGATを通じてイスラエル国防軍と交渉し、ルートの安全を保障してもらわなければならない。

 ラフディはオマールに反論しながらも、出動可能な救急チームの所在をすでに掴んでいた。ハヌードが閉じ込められている場所から、車でわずか8分のところにあるバプテスト病院にベテランの救急ボランティア、アフマドとゼイノがいた。それを知り、オマールは私物のスマホでアフマドに連絡をとりはじめた。彼らは旧知の仲だった。救急車での安全ルートが出るまでには相当の時間がかかる。「少女のところまで徒歩で40分ほどだ。壁にスパイダーマンのように張りつきながら移動してくれ」 オマールがそうアフマドに指示していると、ラフディがそれに気づき、彼からスマホを奪い取った。「彼らを殺す気か! 北地区に唯一残っている救急チームを失うわけにはいかないんだ。」とラフディは叫ぶ。オマールは「彼らは何人もの命を救っているベテランだ、彼らなら絶対成功する!」と言い返すが、ラフディは聞き入れないだけでなく、オマールの服装を注意した。「君は君自身の仕事をやれば良い! 次からは赤新月社のユニフォームをきちんと着用するんだ!」 暴走する新人ボランティアに緊急通信センターのルールを理解させると同時に、熱くなっているオマールの頭を冷やしたかったのだ。オマールはただひとり、私服を着て勤務していた。

 その頃、ラナはハヌードに優しく語りかけながら、ハヌードのおかれた状況を把握しようとしていた。「ハヌード、私はラナよ。あなたを助けたいの。あなたの他に誰かそばにいないか教えて」 ハヌードは答えた。「みんな、ねんねしているの」 ラナは驚いて、自分の口を手で押さえた。ハヌードは銃撃された車内で、家族の死体に囲まれているのは明らかだった。「ハヌード、みんなは疲れているの。そのまま、眠らせておいてあげましょう。いいわね」「みんなはしんじゃったの。おねがい、はやく、おむかえにきて」 ハヌードは幼いながらも事態を理解していた。一番最初に電話に出た少女の名前はサラ。ハヌードは叔父家族と一緒に避難するため、車に乗って叔父の自宅を出ていた。車に乗っていたのは叔父夫婦と彼らの子ども4人、ハヌードにとっての従兄姉達だ。サラはオマールと電話で話している最中、銃撃を受け死亡。生き残ったのはハヌードただひとりだった。ハヌードの本名はヒンド・ラジャブ、6歳。ラナはハヌードに車の外が見えるか尋ねた。「戦車はまだいるの?」「すぐそばにいる。動いている。今は車の前の方にいる」 その時、電話の向こうで大きな物音がした。おそらく、戦車がハヌードの乗る車にぶつかった音だろう。車に乗り上げて押し潰し、完全に破壊しようとしているのかも知れない。ハヌードとの通話は途切れた。ラナが通信を回復しようとするも、電話は繋がらない。イスラエル国防軍がガザ地区の通信を妨害しているようだ。マフディの元にようやく赤十字社から救急車の安全ルート連絡が入るが、ラフディは「もう少女は死んでしまった。安全ルートは必要なくなった。ご協力に感謝する」 彼は赤十字社の担当者にお礼を言って、電話を切った。

 オマールはあきらめなかった。ドイツからの通報者に電話をして、ハヌードの家族の携帯電話番号を聞き出すと、ハヌードの母親に「彼女といつ話しましたか?」と確認する。「つい、先ほど!!」 オマールは喜びの声をあげた。ハヌードは生きていた! あわてて、マフディのところへ行き、安全ルートの確認をする。マフディは赤十字社に連絡をとるが、赤十字社の女性担当者は「新たな安全ルートの調整には協力できない」と拒否した。それを聞いたオマールはマフディから電話を奪い取ると、「少女はまだ生きている! 一刻も早く救助しなければ命が危ない!! 調整ルートの交渉を急いでほしい!」と懇願するが、答えはNOだった。「ばかやろう! ふざけるな!!」オマールは絶叫しながら、電話をデスクの叩きつけた。「他に方法はないのか!」彼はマフディに詰め寄る。「われわれはイスラエル国防軍に直接交渉することはできないが、保健省の要人ならそれが可能かも知れない」  マフディは保健省に電話して事態を説明、逡巡する大臣を説得してなんとか協力をとりつけた。ただし、ここはパレスチナだ。何をするにも時間がかかる。「そうだ、ハヌードとの通話音声をSNSに公開して、世界の人々に協力を求めよう」 マフディは技術スタッフに命じて、通話音声ファイルをPCから取り出させ、さらにハヌードと通話対応するスタッフ達の姿をスマホで記録させた。この状況をSNSに流せば、軍の決定を時間短縮することができるかも知れない。しかし、オマールはマフディに言う。「SNSが何の役に立つというんだ?? SNSには子ども達のバラバラになった死体の画像がたくさん出ているんだぞ! それで何が変わった? 救いを求める小さな子どもの声を聴かせて、どんな効果があるというんだ!? 今、ハヌードに必要なのはSNSじゃない、救急車だ! たった8分で行ける距離に救急車がいるんだ!!」 

 「くらくなってきた。わたし、よるはこわいの」 「わたし、しぬの」 ハヌードは閉じ込められた車内で夜を迎えることを怖がっている。ラナはハヌードの気持ちを落ち着かせようと懸命に電話に向かっていた。「だんなさんにおねがいして、おむかえにきてください」 ハヌードはラナに訴える。ラナはハヌードと一緒にアッラーに祈り、コーランを暗唱することを提案。ラナの声に続いて、ハヌードもコーランを暗唱する。涙を流し、もはや、冷静さを保てなくなったラナに交替し、カウンセラーのニスリーンがハヌードに語りかける。「想像してみましょう。あなたは今、海岸にいるのよ。波の音に耳をすませて。波が足元にまで来て、あなたの足を濡らすのがわかる?」 ニスリーンの話をハヌードは静かに耳を傾けて聴いている。

 保健相からマフディに連絡が入る。COGATから救急車の安全な移動ルートの連絡が来たのだ。「あとは救急車へのGOサインを待つだけだ」マフディの言葉に緊急通信センターのボランティア達は色めき立った。もうすぐ、救急車が出られる! ハヌードのところまでわずか8分。これで、彼女は助かる! PCモニターに安全ルートが青い線で示され、アフマドとゼイノの救急車の位置も表示された。続いて、イスラエル国防軍から救急車の安全を保障するGOサインが下り、アフマドとゼイノの救急車がモニター上で移動を開始しはじめる。オマール、ラナ、マフディ、ニスリーンは祈るような気持ちでPCモニターを眺めていた。やがて、救急車のサインは停止して、動かなくなった。「どうした!? 何があったのだ?」マフディは救急車に確認する。「指示されたルートは爆撃で破壊され、このまま進むことはできない」との回答。マフディはすぐに保健相に連絡し、ルートが瓦礫で埋まっていることを報告すると、新たな安全ルートの指示を受けた。救急車は瓦礫をよけながら、新たなルートでハヌードのもとにゆっくりと進んでいく。最後の直線ルートに救急車は到達。あと、400mほどだ。ハヌードが閉じ込められた車はガソリンスタンドのそばだが、路上には破壊された遺棄車輛が多く、どの車だか救急車からはわからない。救急車は周囲を警戒しながら、ゆっくりと進んで行くのだったが・・・・。








 とてつもない緊迫感の中、ハヌード救出のため奮闘する緊急通信センターのボランティアスタッフ達の姿が描かれる。彼らはもちろん、スクリーンで事態の推移を見つめる全ての観客がハヌード救出成功を祈っているのは間違いない。スタッフを演じるのは俳優達だが、サラやハヌードの声は「本物」の記録音声が使われている。緊迫した当時の様子が見事に再現され、とても涙なしに観ることはできない。この先、事件の顛末を明かすのでご注意願いたい。できれば、本作を劇場でご覧になることをお勧めする。ただし、生々しい再現ドラマに強い精神的ストレスを受ける恐れがあり、鑑賞される際にはそれなりの覚悟が必要であると明言しておく。





 現場に到着した救急車はハヌードの位置を確認するため、赤色灯を点滅させるが、その時、電話から激しい銃撃音と大きな爆発音がし、救急車との連絡が途絶えた。オマールたちはすぐにハヌードに尋ねる。「銃撃音が聞こえなかった?」「うん」「すぐそばで射撃音が聞こえた?」「うん」 何を尋ねてもハヌードは「うん」と返事するだけだった。「彼女は機械的に返事をしているだけだわ」とニスリーン。そして、ハヌードの応答もそれっきり、聞こえなくなった。

 ハヌードと救急車のアフマド、ゼイノの消息がわかったのはそれから12日後。ガザ地区からイスラエル国防軍が撤退し、テル・アル・ハワ地区の封鎖が解除されたあとのことだった。救急車は銃撃された直後、戦車からの砲撃を受け、原形をとどめないほど完全に破壊されていた。保健相を通じ、軍から救急車の安全を保障されていたにも関わらず、現場にいた戦車に攻撃されたのだ。救急車に乗っていたアフマド、ゼイノは吹き飛ばされて四散し、焼けただれた車内からわずかな骨片だけが回収された。ハヌードの閉じ込められた車からわずか40mの位置だった。ハヌードの遺体は親類のハマダ一家の7人の遺体と共に車の中から回収された。ハヌードは上腕、背中、脚に負傷していたことが判明。救急車が砲撃された直後に彼女も亡くなっていたと推測された。

 事件当初、イスラエル側はハマダ家の7人とハヌード、そして救急隊員アフマドとゼイノの殺害について関与を完全に否定していたが、記録音声を使った本作の公開後、軍の発砲によるものであるとの事実を認めた。国連人権理事会に提出された独立国際調査委員会の報告に下記のような一文がある。

「衛星画像、供述、およびイスラエル治安部隊からの避難命令を検討した結果、事件現場に隣接するファレスガソリンスタンドの周辺にイスラエル治安部隊の車輛が存在していたと結論付けるに足る合理的な証拠があると判断した。ある衛星画像では、最も近いイスラエル軍の戦車と、その車(注:ハヌード達が銃撃された4WD)が駐車されていたフアレスガソリンスタンドとの距離は約275mと推定される」

「その時、イスラエル治安部隊第162師団隷下の第401旅団がその地域で作戦を行っており、車内に子ども達がいることを知りながら、ヒンド、ラヤン(注:サラ)、その他の子ども達を至近距離から射撃するなどして、車内の家族を意図的に標的にし、赤新月社の救急車への砲撃によってヒンドの医療救助を妨害した」

 「独立国際調査委員会の報告書では、2023年10月以降、これまでに2万人以上の子どもが殺害されていることについて、『イスラエル軍は意図的に子どもを標的にしている』と認定している」(以上、「ヒンド・ラジャブの声」プログラムより引用。注は加筆)

 ハマダ家の7人とハヌードが乗った車がイスラエル保安部隊の戦車から銃撃されたのは事故ではない。イスラエル兵は車内にいるのが非武装の民間人であり、子ども達であると認識した上で銃撃した殺人事件だ。ハマダ家の車には355発の弾痕が確認された。さらに、最初の銃撃後にラヤン(サラ)とヒンド(ハヌード)が生存していたことも、パレスチナ赤新月社のボランティアスタッフが彼らを救出するためスマホで通話していることも把握していたとされる。現場までの安全ルートを承認し、救急車がハヌード救助に向かうことに許可を与えていながら、現場で銃砲撃を加え殺害するなど、鬼畜の所業だ。イスラエルの非道な虐殺行為に強い憤りを抑えることができない。

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※ヒンド・ラジャブ、愛称ハヌード。イスラエル治安部隊が占領するガザ地区でハマダ家の7人と共にイスラエル兵の手によって殺害された。享年6歳。あまりにも痛ましく哀しい事件だ。イスラエルは長年、「ホロコースト被害者」という免罪符を盾にして来たが、ガザ地区の蛮行は明らかに犯罪である。今や「ジェノサイド加害者」の側に立っていることを認め、ただちに虐殺行為を停止すべき時だ。一刻も早い完全停戦を望む。
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