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2026年09月16日04:13

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映画「開戦前夜」

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昨年の夏に放映されたNHKスペシャルドラマ『シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜』。猪瀬直樹氏の同名小説をもとに創作を加えたドラマだそうだが、小説は未読。ドラマパートに登場する人物の描写が「モデルとなった実在の人物」とかけはなれた酷いものであると遺族からクレームが入り、最終的に訴訟に発展したとニュースで報じられた時はさもありなんと思った。毎年8月に放映される同局の戦争関連番組は反戦がテーマだが、当時の世界情勢や開戦に至る状況の説明も充分でないまま「全て、戦争をはじめた日本が悪い」との論調で終始することに疑問を感じていたからだ。いくら、番組冒頭に「総力戦研究所の所長ならびに関係者はフィクションです」と明示したところで、明らかに特定の人物をモデルにしたと思われるポジションのキャラを「粗暴で陰湿な軍人」と描けば遺族感情を刺激せずに済むはずがない。

 『シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜』はドラマパートを中心に再構成され、40分の映像を追加。さらに、タイトルを『開戦前夜』に変更、劇場映画として7月31日に公開された。ドラマを録画したまま、観ずにいたことは結果的に正解だった。遺族からのクレーム、名誉棄損と劇場公開中止を訴えた一連の騒動を経て、どのような内容になったのか、映画で初めて確認することができる。近隣のシネコンではすでに上映期間が終了していたため、みなとみらいの小さな劇場「Kino Cinemas」まで出かけた。


【物語】 昭和16年4月。内閣は日米が開戦した際の国際情勢をシミュレーションするため、総力戦研究所計画を始動。官僚、軍人、民間を問わず、人格高潔、知能優秀、身体強健にして将来各方面にして指導者となる資質を有する者35名を選抜し、その任に当たらせた。集められた研究生で模擬内閣を組み、総力戦研究所計画を立案推進してきた統監部から開示された資料と「国がとるであろう基本的な戦略」を基に、机上演習によって日米開戦後の戦況推移を予想。研究結果は内閣総理大臣はじめ陸海軍統帥部メンバーの前で発表されることになっていた。

 産業組合中央金庫の調査課長として誠実に勤める宇治田洋一(池松壮亮)の職場に内閣総理大臣からの召喚状を届けにふたりの役人がやって来る。「宇治田さん、あなたにはこれから御国のために仕事をしていただきます」 宇治田は突然のことで「ちょっと待ってください。どうして、私が・・・」といぶかっていると、そこへ上司の井川(別所哲也)がやって来て、廊下に彼を呼び出した。「アメリカと戦争させないために俺が動いていることは知っているな? ここから人間を出すとしたら、お前しかいない。俺が是非にと、首相に推薦したんだ。お前の頭脳と人間性に期待してな。お前の力で愚かな戦争を阻止してほしい。昨今、色々な輩がうごめいている。宇治田、気をつけろよ。俺は今からアメリカに向かう」 井川はそう言って宇治田の肩を叩くと足早やに出て行った。

 その夜、帰宅した宇治田は今後のことを考え、自分はどうすべきか逡巡していた。妹のさゆり(二階堂ふみ)は「お父さんとお母さんは御国に裏切られて死んだのに、偉い人達は本当に勝手だわ。今度は兄さんの力を借りようだなんて」 満州に出かけた両親は非業の死を遂げ、夫が戦地で戦死し、幼い娘の初子と共に実家に戻らざるを得なかった彼女は国のやり方に否定的だった。

 宇治田はじめ、日本中から密かに集められた研究生達は総力戦研究所に出頭。開所式には内閣総理大臣近衛文麿(北村有起哉)、内閣書記官長富田憲治も列席。所長の板倉陸軍少将(國村準)は冒頭、研究生達に訓示する。「内閣総理大臣直属の当研究所で、これから諸君に国家の命運を占う総力戦について研究してもらう。総力戦とは、軍事力を伴う武力戦はもちろん、経済戦、思想戦、外交戦と国民の総力を結集した戦いのことだ。万が一、強大な国力をもつ英米とことを構えることになったとしても、わが国が総力で勝れるよう、あらゆる可能性を探ってもらいたい。その研究のために超優秀な頭脳をもつ者だけを選抜した。官僚、軍人、民間、あらゆる方面から集めた。つまり、ここにいるのはわが国の最精鋭の精鋭、その集団だ」

 翌日、さっそく、研究生達に課題が示された。所長補佐の瀬古陸軍中佐(佐藤隆太)は説明する。「ここにいる者達は将来、国を担う逸材で深い専門性をもっている。この研究所内に本物よりも優れた架空の内閣を作る。宇治田洋一を総理大臣とした模擬内閣は統監部が出す想定を前提に、諸君は今後とるべき国策を検討してもらう。結論は8月の末、首相官邸で閣僚達の前で発表することになっている。俺と軍務局の西村陸軍中佐(江口洋介)で立案した特殊研究で英国の国防大学に倣っているが、こちらの方が上等だ。官民軍各所からあらゆるデータを持ち寄り、世界情勢を精確に予測する。世界に先駆けた画期的な研究であり、諸君だけがこの国の未来を知ることになる。それができる頭脳はここには揃っている」 瀬古中佐がどこまで話すと、所長の板倉少将が立ち上がり、補足する。「この研究所内では自由闊達な議論をして善し」 それを聞いた研究生達は椅子から立ち上がった。瀬古は地球儀を勢いよく回すと、「こいつがこれからどうなるのか、俺は楽しみだ」 

 総力研究所の玄関で模擬内閣が記念写真を撮る際、板倉少将は宇治田に近づくと「頼んだぞ、民間出身者が総理大臣につけば波風が立たなくて良いだろう。腕はもう良いのか? お前には特別に期待しているぞ」と小声でささやいた。後ろにいた新聞記者の樺島(中野大賀)が何かを察し、さっそく首を突っ込んで来る。「何の話をしていたんですか? 所長とは以前からの知り合いでしたか? 宇治田さんは東京帝国大学主席卒業だそうですね。噂は聞いていますよ。軍人が嫌いなことも・・・。何か色々と裏がありそうですね」 こうして、総力戦研究所での研究生達のシミュレーションがはじまるのだったが・・・。





 本作を鑑賞し、とても複雑な気持ちになった。これが史実であるのなら、静かに受け容れるしかない。「戦争」という災禍を回避する手立てが本当になかったのか残念であると同時に、ただただ悲しく悔しい。しかし、映画『開戦前夜』は猪瀬直樹氏の『シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜』を原案とした創作であり、総力戦研究所内の描写はほぼフィクション。本作の構成と描写にはいささか違和感を覚えた。



 この先、ネタバレです。未見の方はご注意ください。





1.「戦争は悪、国は加害者」という単純すぎる設定
 先の大戦で日本は膨大な数の犠牲者を出した。これは動かしようのない事実だ。日本の敗戦で終わった大東亜戦争によって国民が払った甚大な代償を前にすれば、「あの戦争を回避する方策があったのなら、なぜ回避しなかったのか。なんとしても回避してほしかった」という視点を日本人なら誰もが持つのは当然だろう。本来、この物語は「それ」を冷静に描くだけで観客の共感を獲得し、賛同することができたはずだ。しかし、本作は冒頭から国を加害者として、必要以上に悪辣に描く。主人公・宇治田洋一(池松壮亮)の職場に内閣総理大臣からの召喚状を届けに来た黒づくめの服装に身を包んだふたりの官吏は怪しく、不愛想である。彼の両親が満州で亡くなった背景には軍の関与が疑われ、両親の死の真相を追求した彼は憲兵隊で暴行を受けて左腕を折られている。総力戦研究室の統監部の軍人達は威張り散らし、大声で恫喝し、「宇治田は陸軍には逆らえない」とうそぶく。国は悪(加害者)、宇治田一家は善(被害者)との設定は明らかに脚色が過ぎ、観客の視点を固定する結果になっている。

2.研究生達が導いた結論に「政策への影響力」があるかのような誤解を招く流れ
 本作が最も罪深いのが「ここ」だ。日本中から精鋭を集めた総力戦研究所だから、国は本気で彼らのシミュレーションに期待し、その結論を政策に取り入れるための研究であったと観客に勘違いさせる流れになっている。総力戦研究所は来るべき総力戦を前提に官・民・軍の協力体制を確立し、人材の育成と連携を目的とした教育機関であって、内閣の諮問機関ではない。彼らがいかなる結論を導き出そうが、政府の決定に影響を及ぼすことはなかったにも関わらず、その余地があるかのように物語は展開する。「この国がひた隠しにしている機密情報」を基に精確な未来を予測するとは言っても、日米の国力差が20倍、航空機生産能力5倍、自動車生産能力50倍、石炭10倍、石油に至っては天文学的な差があることは当時、秘密でも何でもなく、多くの日本人はそれを知っていた。実際、日米開戦後、建艦能力、航空機生産能力はあっという間に水を開けられ、たちまち100倍、1000倍に離される。国力の差は歴然としている。本当の極秘機密は石油の貯蔵量と弾薬保有量だけだろう。まともに考えれば、日本はアメリカと戦争してはいけないし、「戦争できない」との結論に至るのは自然だ。それを、軍務局の西村中佐(江口洋介)がわざわざ私服で宇治田に接近し、「あなた方の研究は結果次第では闇に葬り去られる可能性がある。それでも私は本当のことを知りたい」と熱く語るのは総力戦研究所の存在意義を実態以上に大きく見せることに繋がっている。

3.一貫性のない板倉少将と瀬古中佐の言動、東條陸軍大臣への忖度
 総力戦研究所で研究生達の働きに期待し、「研究所内での自由闊達な議論を認める」と宣言していた板倉少将と瀬古中佐のキャラ造形には一貫性が感じられない。二人とも登場序盤から尊大で、やたら大声を出して研究生を威圧するのは、昨今の戦争映画やドラマに登場する野卑な軍人像そのものだ。「若き天才達に自由な雰囲気の中で画期的な研究ができるようサポートしよう」とする姿勢があるようにはとうてい見えない。俳優・國村準と佐藤隆太の考える軍人イメージがそうなのか、演出がそのような演技を求めているか知る由もないが、酷い。特に佐藤隆太演じる瀬古中佐が不機嫌で、ぞんざいな言動を繰り返すことには強い違和感を覚える。まるで、囚人を厳しく管理監督する刑務官のようだ。研究生達が数字データを挙げて、それぞれの意見を激しくぶつけ合う姿をみて、瀬古中佐が資料を手すりに叩きつけ「まったく! 数字ばかりをごちゃごちゃと!」と大声で口を挟む。これは決定的におかしい。研究生達が日米開戦後の状況を予測するには数字データに因る以外方法がないからだ。瀬古中佐が彼らの研究に何を求めているのか、さっぱりわからない。陸軍将校が窮するシーンでは「高城! 何か反論しろ!」と催促するに至っては公正中立な立場を逸脱している。終盤、戦争は無謀、開戦は絶対回避すべきと研究生達の意見がまとまった時、彼は「貴様らには必勝の精神はないのか! 理屈ばかりで話にならん!」という捨て台詞を発し、退室するのも不自然だ。首相官邸で研究生達の発表終わりに瀬古中佐が突然起立し、「彼らの研究発表に私も全く同意であります!」と宣言するに至っては唐突に感じた。彼自身の葛藤が全く描かれていなかったからだ。

 この点、板倉少将の方はわかりやすい。序盤こそ「自由闊達な議論をして善し」としていながら、臨席した東條英機陸軍大臣(佐藤浩市)の反応から彼が開戦派と判断して、それ以降、研究生達の議論が開戦回避に傾かないよう明らかに妨害に転じている。板倉少将が重要視するのは「世の中の空気」を機敏に読み取り、空気に逆らって馬鹿を見ないように処することだ。東條大臣が「日米開戦に積極的」と察すれば、即座に忖度し、東條大臣の希望に沿った研究結果に誘導する。研究生の議論が紛糾し、陸軍将校グループを中心とした開戦派の旗色が悪くなると、突然「宇治田!!」と大声を出して、「まとめろ」と議論に水を差す。開戦反対の急先鋒には「ああいう言動をすると赤紙(召集令状)が来るかも知れん。私はそれを心配している」と脅す。板倉少将と瀬古中佐の言動によって、このドラマは軍が日米開戦やむなしの結論へ強引に誘導すると描く。このため、多くの観客は本作が描く軍人の非人間性に不快感を抱くはずだ。

4.開戦反対派だった東條大臣も逆らえない「世の中の空気」
 東條陸軍大臣を単に「悪役」としてではなく、天皇陛下(松田龍平)の大御心は「日米開戦回避」にあると知る彼がなんとか戦争回避しようと努力する姿を描いたことは良い。しかし、彼もまた板倉少将同様、「開戦を欲する世の中の空気」に逆らえず、あっという間に流されていく。本作が本来焦点を当てるべきは、こういった空気がどのように醸成され、いかにして誰にも停めることのできない巨大な潮流になっていったかではなかったのか。本作が、無謀な戦争を回避しようと「日本必敗」との結論を勇気をもって発表した総力戦研究所の第一期生達を「善」とし、その発表を真摯に受け止めず開戦に舵を切る政府や軍部を「悪と」した単純な構成に留まったことは残念に思う。

 主人公の宇治田の両親が軍によって謀殺されたこと。両親の死の真相を追求した宇治田本人は憲兵隊の取り調べで暴行され、左腕を折られたこと。妹さゆりが折に触れて国を批判し、姪の初子までが絶好のタイミングでそれを補強すること。夕餉の食卓が粗末なものになったり、初子の防空頭巾を準備し「本当にこんなものを使う羽目になるのかしら」と言うこと。さゆりの夫が戦地で戦死しただけでなく、弟英二も召集され、あっという間に戦死すること。クライマックス、焼け野原で惨状を前に立ちすくむ宇治田のシーンで「初子を守ることができなかった」と姪が空襲で亡くなったことを告げるナレーションが流れること。劇中、宇治田が無残な焼け野原を想起するシーンが何度も登場することなどなど、本作は徹底して「無謀な戦争」「愚かな戦争」「戦争の被害者である国民」の印象をこれでもかと植えつけていく。全編にわたって、重々しく哀しい曲が流れているのも同様だ。「惨憺たる敗戦」「戦争が及ぼした国民の甚大な被害」という歴然とした結果から先の戦争を否定することは簡単だ。得体の知れない「空気」の存在を提示しただけで、全ての責任を国と軍に押しつけ、開戦への空気醸成に加担したマスコミや風潮に乗って開戦を後押しした国民の責任に目を向けない本作はバランスを欠いていると感じた。

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※「いったい、われわれは何に呑み込まれたのか?」 映画はその存在を提示しながら、結局、その正体を解き明かすことなく終わる。
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