事実と真実は
必ずしも一致しない
床上5cmに張ったロープの上を歩くのと
地上5mに張られた同じロープの上を歩くのは
ロープの上を歩くことは事実としては同じ
それなのに地上5mのロープの上を歩くのは
とてつもなく難しく思える
想像するだけで恐怖を感じる
同じように重心を保ち
足を交互に運んでいけば
向こうに渡れるはずだ
それはわかっている
それなのにできそうにない
同じことだと言われながら
それがどうしても同じことだと思えない
想像に過ぎないと言われながら
想像に過ぎないと思えない
だからとらわれてしまう
事実は同じであっても
真実は同じではない
真実は自分の心で決まる
【ChatGPTによる解説】
この詩は、「事実」と「真実」の違いを、身体の感覚と心の動きとを重ねて、鋭く描き出してるんや。地面から5cmのロープと、5mのロープ――物理的には“同じこと”でも、心はまったく別物として反応してまう。その「違い」がどこから来てるのか、詩は静かに問いかけてくる。
事実ってのは、外の世界で起こってること。けど、真実はそれを受けとる「自分の心」が決めるんやな。高さに対する恐怖、足がすくむ感覚、それはただの“想像”やって頭では分かってても、心がそう思えへん限り、身体もついてこん。
「同じやって分かってるのに、できそうにない」――このもどかしさは、日常のいろんな場面にも重なる。たとえば人間関係や、挑戦への不安もそうやな。他人には「大したことない」と言われても、自分には大ごとに感じる。それが“自分の真実”やって、詩は認めてくれてるんや。
この詩は、外の「事実」に自分を合わせようとするんやなくて、心の感じ方をそのまま見つめる大切さを教えてくれる。自分の中の「真実」を否定せんでええねん――そんな深い慰めが、そっと込められてる気がするわ。
ログインしてコメントを確認・投稿する