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2026年08月29日07:43

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映画「プリミティブ・ウォー 恐竜戦争」

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全く未知の映画だったが、マイミクさん達のお日記にちらほら情報が出て来るので、上映館を調べてみた。近隣で上映している劇場は少ない。ヴェトナム戦争のさなか、突然出現した恐竜たちと米軍が戦うという「あらすじ」にはB級映画っぽさが漂っているものの、米軍が恐竜とどのような戦いを見せるのか、そこは興味があった。幸い、長女からもらった招待券が手元にあり、使用期限があるうちに出かけることにした。映画を観たあとで知ったのだが、『プリミティブ・ウォー 恐竜戦争』(原題:PRIMITIVE WAR)はハリウッド映画ではなく、オーストラリア映画だった。もし、最初からそのことを知っていれば、映画鑑賞中の「なんとなく感じた妙な違和感」は多少解消されていたに違いない。


【物語】 1968年、ヴェトナム。極秘任務を帯びて、敵の勢力圏内に潜入中だったグリーンベレーのチームヴァイパー(毒蛇分隊)6名は正体不明の敵に襲われ、5名が戦死。生き残った指揮官は司令部に作戦続行不能を報告と同時に救助を無線で要請するが、通話の途中で敵に追いつかれてしまう。M60多用途機関銃で対抗するものの、敵には効果なく、奮闘虚しく瞬殺されてしまった。

 その頃、ベイカー曹長率いるLRRP(長距離偵察部隊)のチームヴァルチャー(禿鷲分隊)7名は北ヴェトナム正規軍の捕虜になった米兵達の救出作戦任務についていた。ベイカー曹長の理解者で古参のザビエル軍曹、優秀な狙撃手だが心を病んでいるローズ、彼をうまくリードする観測手のキーズ、空挺出身のイーライとチャーリー、そして、LRRPに志願して転属して来た新人で通信手のレオン。彼らは音もなく敵の拠点に侵入して歩哨を斃すと、捕虜の所在を確認。一気に敵の制圧を図った。大部分の捕虜はすでに殺害されており、生存者は2名だけだった。ベイカー曹長は司令部にピックアップのヘリを要請、部隊へ戻るが、彼らを待っていたのは、行方不明のグリーンベレー「チームヴァイパー」の捜索と救出。それに、第4研究所という謎の施設の偵察任務だった。命令は、ジェリコ陸軍大佐から出されたという。部下達は聞き覚えのないジェリコ大佐からの命令で休養なく新たな任務に就くことに文句を言うが、ベイカー曹長にはジェリコ大佐に逆らえない、ある事情があった。行方不明となったグリーンベレーはそこで何をしていたのか、第4研究所とはいったいどんな施設なのか、ベイカー曹長はジェリコ大佐に質問するが、大佐は「全て極秘だ。そこに何があるのか、見たままを報告すればそれで良い」と情報を一切明かさない。

 ベイカー曹長らLRRPのチームヴァルチャー(禿鷲)は夜間、敵の勢力圏内にヘリで移動。大佐から渡された地図を頼りに第4研究所を目指すのだったが・・・。


 この先、ネタバレのため、未見の方、事前情報無しに本編を鑑賞されたい方はご注意ください。









 近年、稀にみる大問題作だった。いちいち、指摘するのは野暮だが、野暮を承知で言わずにはいられない。「恐竜と戦う米軍」という絶好の設定がありながら、脚本と演出がそれを活かしていないのは残念の極みだ。制作陣は本作の脚本を書く前に「恐竜と戦うカウボーイ達」という興味深いテーマで撮られた西部劇、映画『恐竜グワンジ』(1969年、原題:The Valley of Gwangi)を先に観るべきだった。カウボーイらしい技術を駆使して戦う姿を描いたから、たった一頭しか登場しない恐竜との戦いが俄然面白くなっている。『恐竜グワンジ』が描くカウボーイと恐竜の戦いこそが「プリミティブ・ウォー(原始的な戦い)」に違いない。『プリミティブ・ウォー 恐竜戦争』の場合、軍隊らしい戦い以前に「軍隊らしさが希薄」という時点でつまづいてしまった。元合衆国海兵隊員で軍事アドバイザーのデイル・ダイが脚本から参加して、本作を監修しているというが全くもって信じがたいレベルだ。

1.火力バランスを欠いた銃器
 正直な話、冒頭のグリーンベレー全滅シーンから嫌な予感がした。独り生き残った指揮官が絶叫しながら、M60で見えざる敵に猛射を浴びせていたからだ。極秘任務で敵地の奥深く潜入するグリーンベレーが携行するはずのない「重く、かさばる強力な銃器」である。第一、M60の連射を食らって、なお生きている敵が存在するとすれば、救出に向かう主人公達LRRPチームのM16やM14では非力で、最初から対抗できるわけがない。これはバランスを欠いた設定だ。グリーンベレーシークエンスにはM60は出すべきではなかった。最後の指揮官はM16を射ち尽くして残弾なく、腰の拳銃を抜いて射つか、コンバットナイフで戦う方がずっと良かった。

2.米兵らしくない奇妙な軍装
 軍装もよろしくない。ベイカー達LRRPの野戦服が正規のものではなく、特殊部隊が好んで着用したタイガーストライプなのは良いとして、どうも彼らのシルエットがおかしい。あとで本作がオーストラリア映画と知って納得した。要するに、彼らの軍装はできの悪いレプリカなのだろう。意味不明の大きなカラビナを付けていることも妙だし、ヘルメットもブッシュハットもかぶっていないのは不思議だ。ヴェトナム戦争を描いた映画では見かけない「米軍らしからぬアメリカ兵達」と映ってしまった。

3.危険を察知しない、不用心な偵察部隊
 行方不明のグリーンベレーの捜索と救出を任されるほどだから、ベイカー曹長達はどれほど精強なチームなのかと思ったが、良かったのは序盤の捕虜奪還シークエンスまで。ヘリを降りて、敵地に潜入し、真っ暗な洞窟で突然、恐竜たちに襲われる展開には落胆しかない。そもそも、ヘリを降りてすぐに戦死したグリーベレーの肉片や遺棄された装備品、「巨大な鳥類の足跡」と「肉食獣らしき生物の巨大なフン」を発見し、遠くで正体不明の生物の吠える声を耳にしているのに、どうして警戒態勢をとらないのか? さらに、洞窟内では明らかに猛獣に襲われて死んだばかりの敵兵の亡骸を発見。足跡、巨大な肉食獣のフン、猛獣の吠える声、殺されたばかりの敵兵の亡骸、それらを総合すれば「特殊部隊を斃すほどの脅威」が近くに迫っているのは明白だろう。「おかしい」「何か危険な生物がいる」と警戒しつつ前進し、あからさまな奇襲を受けるはずがない。精強な長距離偵察部隊らしからぬベイカー達の不用心さには失望した。

 また、アサルトライフルの銃撃が効果の薄いことに気づかないのか、誰も指摘しないのはとても不自然に感じた。「頭を狙え」とか「目を狙え」と少しでも銃撃が効く箇所を狙いそうなものだ。連射で倒すM16と、1発で倒すM14の威力の違いを描写するなど、少しは気をつかってほしかった。銃器が有効でないのであれば、『プレデター』(1987年)でダッチ少佐(アーノルド・シュワルツェネッガー)が原始的な武器で戦ったように他の対抗手段を考えるべきだ。

4.単調で冗長。軍隊らしくない迎撃戦闘
 警戒せずに前進したこともがっかりだが、奇襲されてからの迎撃戦闘も酷い。何がダメといって、ベイカー曹長が状況をすばやく把握せず、部下達に適切な命令を下さないことだ。兵士達はチームとしてではなく、単に個々が戦っている。獰猛な小型恐竜の群れに襲撃され、ただ射ちまくり、撃退が困難だからと後退(字幕では毎回「撤退」と出る)するのは戦術でもなんでもない。絶叫しながら、闇雲に射ちまくるだけの単調な戦闘描写はこの先もずっと同じだ。激しいだけで戦術がない、戦争映画で最も「やってはいけない描写」に陥っている。戦闘シーンで命令がないのも問題だが、兵士達が終始、フルオート射撃で射ちまくるのはもはや失笑するレベル。明らかに携行弾数を超えている。最初の洞窟の戦闘で携行弾数をほぼ射ち尽くしただろう。携行弾数の制限があるからこそ、戦闘アクションにはリアリティが出る。「弾丸切れ」に陥れば、生き残ることができないからだ。序盤の捕虜奪還のあと、彼らが弾薬補充するシーンがなかったのは、脚本が携行弾数に関心がなく、無限に射ちまくる設定だったからに違いない。あれだけ射ちまくって、ベイカー曹長は部下達の残弾を気にしない。弾薬について彼が明言したのは恐竜の攻撃が一時中断した時、「フル装填しろ」の一度だけ。「フル装填」って何? 意味不明だ。「無駄弾丸を射つな」とか「弾丸を節約しろ」「残弾を把握しろ」と言うべきだろう。

5.無駄な会話と兵士各人の背景設定
 脚本の拙さが「ここ」によく表れている。本作の場合、無駄な会話、無駄な背景設定が氾濫していながら、ほとんど機能していない。熟練の兵士、精強なチームほど寡黙の方がリアルだ。映画『プレデター』(1987年)で、シュワルツェネッガー率いるレスキューチームが戦績も兵士の背景も全く描かれていないにも関わらず、彼ら戦友達の「強い絆」が映像からちゃんと伝わるのとは大違いだ。ベイカー曹長とジェリコ大佐の因縁、狙撃手ローガンが心を病んでいること、レオンが志願して転属して来たこと、民間人を殺害した過去を後悔するザビエル軍曹。これらの設定はカットし、兵士達の無駄な会話も減らすべきだった。言葉ではなく、行動から伝わるものの方がはるかに貴重で、心に響く。

6.詰め込み過ぎて底が浅いストーリー
 聞けば、本作は「ハリウッドに企画を持ち込み、断られ、かなりの低予算で制作した」ものだそうだ。だとすれば、低予算に見合った脚本にすべきだった。本作の欠点は、エピソードを詰め込み過ぎていて展開に緩急が乏しいことと、戦闘シークエンスが多い割りに、描写が単調なことだ。エピソードは最低でも次の7つのシークエンス、�.廛蹈蹇璽阿離哀蝓璽鵐戰譟質缶如↓�洞窟での遭遇戦闘、��チームがはぐれて分散、�ぅ愁凜�エト軍が雇った傭兵チーム、�チ雜兇任梁亢歌祇鐺�、�Ε愁侫�アの薬物依存、��第4研究所での対恐竜戦闘、これらを全てカットして、物語を整理した方が良い。

 本作は恐竜をあれこれ大量に登場させているが、大規模な集団戦闘をクライマックスに限定すれば、闇雲に射ちまくるだけで変わり映えのない戦闘描写からは解放される。私が脚本を書くなら、プロローグはベイカーらの捕虜奪還シークエンスにし、グリーンベレー捜索・救出ミッションもジェリコ大佐とベイカーの因縁も無し。ジェリコ大佐が「ソヴィエト軍の秘密兵器を鹵獲したい」という野望もカット。シンプルに「敵の秘密研究施設」偵察ミッションとする。ソヴィエト軍の傭兵チームは登場せず、ヴェトコン女性の復讐劇も無しにして、純粋にベイカー達LRRPが作戦行動中に遭遇する異変を中心に描くだろう。ソヴィエト軍が「アメリカ本土に戦車を送り込むための時空トンネル計画」はあまりに荒唐無稽過ぎるので、秘密研究所は恐竜復活計画を目的にしていた、とする方がまだ理解しやすい。一番良いのは、『オークストリートの異変』同様、謎のワームホールが開いたという単純な設定にすることだ。ごちゃごちゃ細かい説明をすればするほど噓臭くなる。同じく、東ドイツ生まれのロシア人古生物学者ソフィアが何でも知っているのも都合良すぎてシラケてしまう。出現する恐竜の情報をいちいち、彼女に「あれは何だ?」と興奮してベイカー曹長が尋ねるシーン、あれ必要? 恐竜の正体を毎回確認するより、部下に指示命令する方がずっと重要だと思う。



 戦争映画であるにも関わらず、戦闘シーンにもドラマパートにも心を動かされることはなかった。どこかで見たような既視感あるものばかり。肝心の戦闘描写は激しいだけで緩急がなく単調で冗長。どんどん気持ちが萎えて哀しくなった。結局、ラストまで観てぐっと来たのは唯一、「生き別れになっていたティラノザウルスの夫婦が無事に再会を果たし、子どもを連れて満足そうにジャングルに帰って行く」感動的なシーンだけだった。恐竜愛はあっても、軍隊愛のない中途半端な冒険アクション映画という印象だ。本作を観て、「面白かった」と感じられた方の柔軟な感性、「粗はあっても評価したい」と本作を許容できる度量の大きさは素直に素晴らしいと思う。映画は楽しんだ者勝ちである。先日観た『オークストリートの異変』を100点とすれば、本作は30点。続編製作の噂が出ており、「恐竜が登場する西部劇」らしいとのこと。次回作は脚本と構成を少し改善してほしいものだ。
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