所用で横浜駅に電車で向かう。仕事がひと山越えたこともあり、9月末の完全閉館まで残りひと月ちょっとなった『ムービル』で映画を観た。選んだのは『オークストリートの異変』(2026年、原題:The End of Oak Street)。全く期待していなかったが、これが思った以上に面白い。久しぶりに良い気分転換になった。
【物語】 1982年7月10日のアメリカ。郊外にある自然豊かな街のオークストリート通りで、プラット家は暮らしていた。一見、何の変哲もない平和な家族のようだが、夫婦にはそれぞれ相手に言えない秘密があり、それが原因で夫婦仲はぎくしゃくしていた。
夫グレッグ(ユアン・マグレガー)はクライスラー社に復職したというのに、小銭稼ぎのためのピザ宅配アルバイトを継続。家族でのバーベキューをすっぽかして出かけようとするので、妻デニース(アン・ハサウェイ)は気分を害し、物陰でグレッグと口論をはじめる。その姿を見て、娘のオードリーと息子のブライアンは気が気ではない。「本当にぼく達はばらばらになっちゃいのかな」 子ども達の目にも夫婦に離婚の危機が迫っているのは明らかだったからだ。デニースはグレッグが相談もなく、愛犬スターバックを連れて来る許可をブライアンに与えていたことも気に入らない。スターバックは自由気ままに行動し、隣人のメルの庭を荒らしたり、夜中に吠え続けては、しょっちゅうクレームを受けていた。夫グレッグは優しいので、メルは何か事件が起きるたび、「ブライアンかスターバックのしわざ」だと文句を言って来るのだ。デニースはそれも気に食わない。
妻グレースは地下室で、家族には内緒で密かに小説を書いていた。ヘッドフォンで好きな音楽を聴きながら、無心でタイプライターを打つ時間が彼女にとってとても大切だった。グレースは完成した原稿を近所に住む老女ハドルストンさんに読んでもらい、感想をもらう。ハドルストンさんは作家だったご主人の原稿を40年間校閲していた経験から、常にグレースに適切なアドバイスをくれるのだ。彼女は「あなたの小説には豊かなリアリティがあるわ。離婚を決意し、荷物をまとめたスーツケースを隠したまま、子ども達が庭で遊ぶ姿を見ている主人公の気持ちがとても生々しく描けている」と指摘され、グレースはあわてる。「これは私小説ではありません、創作です。架空の物語です」 ハドルストンさんは全てお見通しだったが、「そうなのね。修正稿はぜひ見せてちょうだいね。あなたには才能があるから、書き続けることよ」と彼女を励ました。「そうそう、あなたにちょっと見てほしいものがあるの」とハドルストンさんはデニースを裏庭に案内した。そこには見たことがない巨大な植物が生えていた。「二日前にはなかったのよ。どうして、こんなおかしな植物が生えて来たのかしら?」「ちょっと、図書館で調べてみましょう」 デニースはそういうと、折り畳み式のポラロイドSX-70ランドカメラで一枚、植物の写真を撮った。彼女は図書館の植物図鑑で調べたが、似たようなものは見つからない。デニースが図書司書の女性に写真を見せると、「これは2億年前に絶滅した植物に似ているわ」そう教えてくれた。
その夜、家の外で大きな音がし、まぶしいほどの閃光でブライアンの部屋の仲間で明るくなった。スターバックが何かに吠え続けている。ブライアンは異変を感じ、外の犬小屋に向かう。不思議なことにスターバックはびしょ濡れになっている。それは、オークストリートに少しずつ異変が起きていることの証拠だったのだが・・・。
この先、少しだけネタバレ。未見の方、先入観なしに本作を鑑賞されたい方はご注意ください。
本作を、「恐竜サバイバル映画」として観ると、恐竜描写の浅さにちょっと落胆するかも知れない。『ジュラシックパーク』『ジュラシックワールド』シリーズとは異なり、「家族の絆」をテーマにした映画だからだ。1980年代の映画『E.T.』(1982年)や『グーニーズ』(1985年)などの雰囲気を継承しており、クライマックスは映画『ジュマンジ』(1995年)に最も近いと思う。このオチを都合よいと見るか、ファンタジーと理解するかで評価はまるで違ったものになるだろう。『ジュマンジ』が大好きな私は、本作のエンディングが大いに気に入った。悲劇は全てリセットされ、ハッピーエンドで終わるのは『ジュマンジ』や『バック・トゥ・ザ・ヒューチャー』と同じで心が温かくなる。
最も感心したのは、太古の昔に街ぐるみ移動してしまったプラット家をはじめとするオークストリートの人々の反応がとてもリアルだったことだ。なぜ、停電が長引くのか、どうして断水したのか、主人公達は原因究明することなく「そのうち元に戻るだろう」と悠長に構えている。いざ、恐竜たちに襲われる危機的な状況に陥っても、ただ、目の前の危険から逃げることに懸命で、警察や軍隊に通報し、救援を要請する余裕などない。住民たちが集まって事態の把握に努めることもなければ、誰かがリーダーとなって団結し、有効な対抗手段を模索することもない。それぞれが、自分達家族のことで精一杯のため、恐竜に襲われる人々を助けることも不可能だ。これら住民たちの混乱ぶりは従来の動物パニック映画、恐竜サバイバル映画とは一線を画している。
主人公一家の混乱と対応も同様だ。グレッグ(ユアン・マクレガー)が無為無策に終始し、「二、三日このまま様子をみよう。そのうち、なんとかなるはずだ」と楽観的な発言を繰り返す自信のない夫、頼りない父親なのはリアルだと思う。彼は一般人なのだ。警官でも軍人でもなく、ましてや元特殊部隊隊員でもない。平凡な市民の彼には恐竜と対抗する戦闘スキルもなければ、サバイバルの専門知識があるわけでもない。そもそも、現状が理解できない。失業したことを家族に打ち明けられず、「小遣い稼ぎ」とごまかしながら、ピザの配達をする彼は、ただ、「家族を守りたい」という一心で、妻グレースの後ろからついていく。情けない夫グレッグをユアン・マクレガーが実に巧く演じている。
反対に、妻グレースが頼りない夫の姿に我慢できず、自ら積極的に行動する姿が素晴らしい。隣人メルに「今度、お宅の犬が庭を荒らしたら、銃で射つ」と警告された時、「私は夫のように優しくないのよ。うちの犬を射ったら、あなたの家に火をつけて焼き払ってやる!」と宣言する強さこそ、彼女の本質だ。家族が車で脱出しようとする時、グレースがハンドルを握る。レバーアクションライフルで恐竜を射って夫の危機を救うのも彼女だ。家族を守るために率先して動き、脱出の道を模索し、家族のために奮闘する。異変前は夫の煮え切らなさに腹を立て、離婚を考えていた彼女が「夫の捨て身の行動」で心を動かされる展開には目頭が熱くなった。アン・ハサウェイはちょっと苦手な女優だったが、このグレースは良い。彼女の魅力にようやく気がついた。
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