デッカの輸入新譜でユリア・フィッシャーの移籍第一弾。ペンタトーンからメジャーへの移籍ということでどんな具合なのだろうか。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3273684
J.S.バッハ:
�。欧弔離凜.ぅ�リンのための協奏曲ニ短調 BWV1043
�▲凜.ぅ�リン協奏曲第1番イ短調 BWV1041
��ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調 BWV1042
�ぅ凜.ぅ�リンとオーボエのための協奏曲ハ短調 BWV1060
ユリア・フィッシャー(ヴァイオリン)
アレクサンダー・シトコヴェツキー(ヴァイオリン)��
アンドレイ・ルブツォフ(オーボエ)��
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(アカデミー室内管弦楽団)
ASMF(アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ)とは日本ではネヴィル・マリナー/アカデミー室内管弦楽団の名で通っている元々はバロックを専門とする古楽アンサンブルだったのだが、ここもまたアーノンクールCMW(ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス)と同じ様な経緯で多様化を推し進めてきた楽団である。非難を覚悟で凄く乱暴な言い方をするならバロック界のポール・モーリアみたいなところ。そう言えば諏訪内の新譜のブルッフもASMFだったし、ユリアもなんだかそっち方面へ方向転換したと言うことなのか・・?
バッハ演奏については、例えばピアノで弾くクラヴィーア曲でも言えることなのだが、どういったアプローチをするかによって曲想自体は千変万化する。このCDは典型的なロマン派アプローチによるバッハであってひたすらに耳に優しくて刺激がない。ユリアのVn演奏の技巧は勿論良いのだが、これではイージー・リスニングと言った方がふさわしい解釈であり、正統派バッハと思って聴くと完全な拍子抜け。
扱っているこれらの協奏曲も無難というか、元々はCemコンとして名高いものの弦楽バージョンであり、二台のCemのためのBWV1043はそれぞれ2挺のVn、名曲BWV1060に関してはVnとObをフィーチャーしたバージョンを弾いている。
ペンタトーン時代のユリアの演奏は細い線を基本としながらも異様な集中力と張りつめたエネルギー感が特徴だったのだが、このバッハ曲集は肩肘が弛緩したような温度感の低いものであって、移籍再デビュー盤としての演出としては首を傾げるばかり。
アンサンブル楽団員のVnとユリアのVnの違いはよく分からないし、BWV1043の共演相手であるシトコヴェツキーのVnが寧ろ主役っぽく聞こえてしまうのは皮肉なもの。またBWV1060のルブツォフのオーボエ独奏が極上の美音であってそこにはユリアのVnが入り込む隙間も見いだせないほどだ。全体にユリアの線の細さばかりが目立っている格好だ。
このデッカの一枚目を聴く限りにおいてはペンタートーン時代の方がチャレンジャブルで大いに楽しめる演奏だったと言わざるを得ない。バッハで行くならば過去のリリースと重複しても構わないから無伴奏Vnソナタ/パルティータなどでユリアの存在感を示した方が正解だったと思うのだが。今後に期待するしかないだろう。
(録音評)
DECCA、4780650、録音は2008年6月、ロンドンとある。音質は地味系のデッカとしては異例のブリリアンスを纏っていて華やかなものだ。現在ではユニバーサル傘下に入っている大手名門なのだが、その中でも音質的には最も良心的と思っていたところ、こんなのも出すんだというのが率直な感想。音質的にも聴きやすさから言ってもイージー・リスニングだ。それと、ユリアのあの細くゴリゴリしたVnの独特の風合いがDSDで楽しめないのも痛いところだ。
(あとがき)
従来からのスタンダードな先入観でこの盤を聴いてしまうと辛口にならざるを得ない。ユリアは一介のビジュアル系女流に成り下がってしまうのか、という危惧を抱いてしまう出来映えで、これはデッカのプロデュース・ミスという気がしてならない。うーん、ユニバーサル傘下へ移籍するというのはセールス的には成功なのかも知れないが作品の出来映えとおもしろさという点においては如何なものなのか。寡占化が進むのはどの産業界においても弊害が多いと言うことなのか。
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