黒人の型破り刑事コンビが、上司の命令などなんのその、イカサマ神父の詐欺に挑むという作品です。チェスター・ハイムズ原作の“墓掘り”ジョーンズと“棺桶”エドのシリーズだそうですが、ほかに映画化作品があっても僕はコレ1本で結構です。←原作のせいじゃないけどね。
監督のオシー・デイビスは1958年にトニー賞を受賞しているそうなので、僕がシドニー・ルメットの「丘」で知るはるかに昔から、黒人俳優のアイコンだったのでしょう。スパイク・リーが敬意を表して自作に出演させたりしています。それはそれで結構ですが、だからといって、こんなユルユル、グダグダな刑事ものを褒めるなんて、その人の観賞眼を疑いますね。せいぜいアメリカのサイトからの知識を受け売りしているだけでしょう。←特定の個人について言ってますので、僕のお友達は気にしないでね。
こんな映画を“ブラック・エクスプロイテーション映画”の代表作の中に入れるなんて、映画の完成度というものを尺度としてもっていない人間のやることです。まず物語の展開がユルユルなうえに、きちんとした描写の積み重ねというものを無視している。さらには、いろいろアクション場面を作るのですが、その面白さをきちんと見せないからバタバタとあわただしいだけ。
あのころシネモビルという現像システム付きのロケバスが出来、ハーレムでのロケが実現したのでしょう。その画面効果も、残念なサル芝居で意味を失っています。アポロシアターの前が出てきたからといって、なにも面白くないのです。
白人の悪役として登場するJ・D・キャノンも精彩なく、だからテレビに転じてマクロードに振り回される結果になったのだと納得でしょう。当時、若手黒人スターの星と思われたカルビン・ロックハートも、この映画ではさんざんです。それを狙ったんだとしたら、見た僕がバカでした。公開当時パスしたんだから、そのまま手をつけなけりゃ良かった。
ところでオシー・デイビスは本名をレイフォード・チャットマン・デイビス(Raiford Chatman Davis)と言うそうです。その名前を役所に届け出た母親の“アール・シー”という発音が、役所の人に“Ossie”と聞き間違えられたことから芸名にしたらしい。そんなトリビアに優る部分はどこにも見当たらない作品でした。写真3がオシーデイビス、夫人はルビー・ディーです。
imdbでは、投票者の9%が満点をつけていますけど、それでもなお6.5にしかなってない。こういう一部ファンが“工作”した映画にひっかかるなんて、僕もまだまだ修行が足りませんや。
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