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2022年06月06日14:13

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【バレエ】Kバレエ「カルメン」(劇場初日/配信全キャスト)

バレエ公演では、1階席センターの最後方、照明や音声さんのブースに、三脚を立てて家庭用ビデオカメラを載せているのをよく見かける。その映像を観たことがあるが、公演の開始とともに録画をスタート、あとはほったらかしの、まさに「記録映像」だった。

たしか去年だったように思うが、コロナ禍の真っ只中、バレエ団の許可が下りたからと、光藍社が過去の公演映像を配信してくれた。公演を開催できない苦しい状況にもかかわらず、記録映像で申し訳ない、というコメントを添えられた配信は無料だった。

「記録映像」という単語に冒頭のほったらかし録画を想像したが、アクセスして驚いた。たしかにカメラはセンターの1台のみだが、主役等ソリストが登場するとちゃんとアップになり、移動に合わせて左右に首を振る。これなら有料で構わないのに! と感動しながら、ありがたく配信を視聴した。

今回の「カルメン」全キャスト配信のお知らせには、「固定カメラ・スイッチングなし」「舞台全体を観たいという方向けの映像」の但し書きはあったが、同時に「カンパニーを代表する豪華キャストの魅力を味わってもらうため」というあおり文句もあり、「映像のプロ」であるテレビ局がバックアップする有料配信だから、光藍社のように首振り・ズームくらいはしてくれるのだろう、と勝手に想像し、楽しみにしていた。しかし実際は見てのとおり、映像のプロでもなんでもないバレエ団が片手間に収録するのと同等の、ただの「ほったらかし映像」だった。

視聴を始めるまで2手順で済むところを4手順にしたり、フルハイビジョンと謳っておきながら基本配信は低画質だったり、配役表を古い順に並べたりと、利用者の使い勝手を考えないTBS/Kのお役所仕事ぶりから、「ほったらかし映像だったりして」とお師匠さまに冗談を言ったりもしたが、まさか本当にそれを見せられるとは。

おもいきり凹んでいると、元気付けようとしたのか、お師匠さまにいじられた。

「ぱろは素直だねえ、良い人だねぇ。私なんかすれてるから驚きはしなかったよ」

嘆いていても映像が良くなるわけでもなし、1階席後方の席しか取れなかったにもかかわらずオペラグラスを忘れたと思って諦め、配信に集中することにした。普段のバレエ公演でも、常に最前列に陣取ったりオペラグラス越しに観ているわけではないし、群舞やバランシンのような作品はむしろ全体を見渡せた方がいい。

とはいえセリフの無いバレエにとって、ダンサーの「表情」は重要な感情表現ツールだ。しかも熊版「カルメン」は「極めて演劇的」な作品とのことだから、登場人物たちの心理を読み解くところに醍醐味がある。にもかかわらず、なぜこのような映像を配信したのだろう。

おそらく担当者はバレエのことをよく知らず、映像コンテンツのひとつくらいにしか思っていないのだろう。だからこういう手抜き仕事になる。一方光藍社のスタッフからは、バレエに対するリスペクトと愛が感じられる。TBSのスタッフは、「映像のプロ」として自分たちがどれほど恥ずかしいことをしたのかを・・・理解できないのだろうなあ。

今回の配信にも良い点はある。と言っても半分は皮肉だけど。(笑)

踊りのみでどれだけ役の心情を表現できるかはダンサーの力量を知る指標のひとつだから、それを確認するには今回のような「表情のわからない遠景映像」はうってつけと言えなくもない。繰り返すけど、皮肉だから。

まずカルメン。配役が発表された時はちょっと意外に思った。熊さんのイメージするカルメンには「小悪魔」の要素が含まれており(本人がそう言っている)、いまのKの階級や配役には「ダンサーの力量とは別の要素」も大きく関与しているから(今回、疑問は確信に至った)、飯島さんは当確だと思っていた。

しかし今回の4人に彼女を割り込ませるのはさすがに無理がある、と判断したのだろう。経営者・熊さんにも、アーティストとしての良心が残っていたということか。(笑) ちなみにお師匠さまによると、真の小悪魔は東バの沖さんが一度だけ演じたシルフだという。

踊りの技術や精度は、小林>浅川>成田>日高。観る前は浅川さんが一番だと思っていたが、劇場に足を運んだ初日は細かいステップになるともたつきが散見された(2回目となる配信では改善されていたのはさすが)。長期第一線を離れていたことを思うと驚異的な回復だが、舞台に立ち続けていた小林さんもまた進化していたというわけだ。

成田さんも成長を続けているようで、現時点で浅川さんとの差は僅差。なめらかな手脚のモーションはさらに磨きがかかり、圧しの強い男前な浅川さんの踊りとは違う個性にもなっている。

日高さんも決して下手な踊り手ではなく、レベルの高いKのソリストたち、特に小林さんと戸田さんに挟まれて一緒に踊っても遜色はない。ただし手脚の動きがしなやかになったり直線的になったりと安定せず(使い分けではない)、肘から先の処理が多々甘くなるのが気になる。少なからず踊りが音楽と微妙にずれるのも、贔屓リストに載せるのをためらう理由のひとつ。

役作りについては四者四様で面白かった。これで表情もわかる映像だったら、さらに楽しめただろう。浅川さんは目付きも鋭く(初日)、踊り同様気丈で男前なカルメンだった。色気に乏しく小悪魔でもないから、ホセはカルメンの色香に惑わされたというよりは「蛇に睨まれた蛙」という絵面がつい脳内に浮かんでしまった。密輸団のアジトでの馴染み具合は女頭目みたいだったし。(笑) 「スケートをする人々」でもあまりスケートっぽくなかったから、器用な人ではないのかもしれない。その分、ものすごい努力をするのだろう。

もっとも色っぽかったのが小林さん。「カルミナ」の印象から想像していた通り、肩や腰、首の傾げ方などの仕草が妖艶だったが、小悪魔要素は無い。他の3人からは、ホセはただの暇つぶしという印象を受けたが、小林カルメンにとっては少しは気になる存在だったのかな? というように見えた。縄を解かれて走り去る際も、彼女だけ一瞬ホセを振り返っていたし(マルケスさんもやっていた)。

成田カルメンは、色気は小林さんに一歩譲るが、その分小悪魔要素があるので、今回の4人の中ではいちばん熊さんのイメージするカルメンに近いのではないだろうか。

日高カルメンは、ハバネラを観た時は良いなと思った。小林さんとも違うアンニュイな色気が彼女に似合っていたからだ。しかし捕縄のPDD、居酒屋、アジトでは普通に媚を売ったかと思えば小悪魔的な甘えポーズをしてみせたりと一貫せず、まだカルメン像を煮詰め切っていないような印象を抱いた。

次はホセ。なぜか存在感が希薄な高橋さん、高身長やイケメン具合がもったいないと前から思っていたが、1幕はやはり舞台上に人が増えると埋もれていた。ただし今回は圧の強い浅川カルメンだから、意図的か否かはわからないが、「気弱なホセ」がカルメンに押し切られるという構図になったので、これはこれでありかもしれない。2幕のストーカー具合は頑張っていたし。 

小林さんの相方堀内ホセが、個人的にはいちばんツボにはまった。恋人がいるにもかかわらずカルメンに惹かれていく葛藤、かつての同僚を手にかけてしまったことへの後悔と自己嫌悪、自分を手玉に取り、最後は捨てていったにもかかわらずカルメンを憎み切れない未練などが、表情が見えないにもかかわらず、踊りから伝わってくる。4人の中でいちばん深みのあるホセだった。

喜怒哀楽の感情がストレートでわかりやすかったのが、成田さんと組んだ山本ホセ。頭突きには思わず笑ってしまったが(笑)、アクシデントにもかかわらず、直前の迫真に満ちた愛憎のやりとりを生かす結果となった。今回はまたクラシックの美しい動きにこだわらず、場面にあわせて踊りの雰囲気を変える工夫もしており、成田さんも同様だったので、ペアリングの完成度も高かった。

石橋ホセは、観る前はいちばん期待度が高かった。神職が似合う彼なら真面目で実直なホセのイメージも合いそうだし、「何か抱えていそう」(師匠談)な雰囲気は演技に深みを与えるからだ。実際期待を裏切らないホセ像だったが、酒場の再会ソロでは喜びが踊りから見えないのは意外だった。あれはホセのどういう心情をイメージしていたのだろう。

かつて熊さんが演じたという狂気のホセ、誰かやってくれないだろうかと期待したが、あれは熊さん専用バージョンなのだろうか。銃の持ち手は左右どちらでもいいんだな。

ところで、冒頭のホセが椅子に座っている場面、マイミクさんに指摘されるまで時系列を勘違いしていた。最初にインパクトのあるシーンを見せ、次いでそこに至る経緯を綴り冒頭に回帰する、というのは映画やテレビドラマにはよくある演出だから、それだと思い込んでいた。

ただしそれだと、逮捕されたはずのホセが拳銃を持っている理由がつかない。留置所から逃げる際、看守の銃を奪ったという解釈もできるが、憔悴した彼にそこまでの気力はないだろうし、熊さん演出にもたまに辻褄の合わないことはあるから、あまり深く考えていなかった。しかし2幕2場、闘牛場に出向く前とした方が、いろいろとしっくりくる。マイミクさん、ありがとうございます。

勘違いした言い訳ではないけれど、わかりやすさが特長の熊さん演出にしては、ちょっと不親切な気がしないでもない。2幕2場の冒頭にも椅子の場面を挿入すれば間違える人はいないだろうし、実際映画やドラマにはそういう演出はよくある。私のように冒頭シーンを忘れてしまう鳥頭もいるし。(笑)

ミカエラは、配信順だと山田、吉田、飯島、岩井の4名だが、私が観たのは飯島さん(初日)が最初だった。観る前は、どっちがカルメンだかわからない勝気で小悪魔な幼馴染を演じるのかとちょっと期待したが(笑)、気弱でからかわれると憐憫を誘う設定通りのミカエラを好演していた。

ただしこの役の我々のデフォは神戸さん。当時は退団を間近に控えた頃だから、演技に加え踊りの技術も円熟していたので、飯島さんのミカエラは物足りなかった。むしろ他の3人、山田さん、吉田さん、岩井さんの演技と踊りのバランスのとれたミカエラの方が完成度は高い。

飯島さんは娼婦にも配役されていて、むしろこちらの方が印象的だった。吉田さんと高橋さんの娼婦は、踊りの技術は飯島さんを圧倒するが、キャラ作りが道化師に近いので娼婦というには違和感がある。その点飯島さんの娼婦にはやさぐれ感があるので、雰囲気は舞台にマッチしていた。山本くんの手にする薔薇の頭が取れてしまった後のフォローも自然で、やはり彼女はいまのところ演技力の方が踊りの技術よりも勝っている。

先日のプリンシパル任命は、悪い冗談にしか思えなかった。フラスキータ、メルセデスに挟まれセンターで踊ると、ひとり雑な踊りが目に付くほどだから、いくら階級が人を育てるとは言え、時期尚早、ものには限度がある。ただし不満はバレエ団の方針に対してで、彼女個人にではない。観るたびに成長しているから、努力が垣間見えて好感が持てる。

意図的か否かは不明だが、カルメン上演中の土曜日、WOWOWで、彼女が主演した「ドンQ」を放映していた。改めて観ると、プロに混ざったアマチュアの風情で、まさに黒歴史。あの都さんでさえ、若い頃の映像は恥ずかしくて見たくないと語っているから、飯島さんとしては消し去りたい映像だろう。可哀そうに。しかし現在は、他のダンサーと比べると見劣りするとはいえ、普通に観られるレベルにまで改善されている。

むしろ残念だったのがエスカミーリオ。杉野、堀内、栗山の3名で、杉野くんはスペインの踊りに開眼していたはず、堀内さんは演技力を応用できるだろう、廉くんは未知数だが、昨今の伸び具合から、それぞれちょっと楽しみにしていた。しかし3名とも遅沢さんの動画を参考にしていたようで、廉くんに至っては、熊さん、ちょっと彼に経験させてみたかったんだね、というレベル。

「カルメン」DVDの遅沢エスカミーリオは、キレッキレのロシアのスペインを見慣れた目からすると物足りない。参考にするのなら、やはりキャラクター・ダンス専門の先生がいるロシアやロイヤルの映像にしないと。メルクリーエフさんやオマールさんの絶品映像があればと思う。杉野くんは「白鳥」や「ドンQ」のスペインで習得した動きをそのまま使えば良かったのに。

こうして4公演を観比べてみると、役の解釈はシンプルだが、周囲の配役も含めて、成田/山本組の日が、いちばんバランスが取れていた、というのがお師匠さまと私の感想。オケも初日はなんだかなあだったが、次第にこなれてきたし。(笑)

初日のカーテンコールで、浅川さんは花束を贈られていた。幕が完全に降りた後は、舞台を共にした仲間から、たくさんの「おかえり!」拍手ももらっていた。Kバレエの歴史に名を遺す優れたバレリーナの復活劇、本来ならもっと大々的にPRすべきだと思うが、それをしない、できない裏事情でもあるのだろうか。

全キャストの配信も、バレエ・ファンとしては諸手を挙げて歓迎したいところだが、あのようなやる気のないやっつけ映像では素直に喜べない。
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