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2020年03月07日05:32

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社会主義を目指したはずの国家が、労働者の権利を奪っている事実には驚くしかない。スティーブン・ボグナー&ジュリア・ライカート監督「アメリカン・ファクトリー」(2019)。

2020年のアカデミー賞授賞式で最優秀長編ドキュメンタリー賞を取った作品です。サンダンス映画祭で上映されて、オバマ前大統領夫妻が主宰するハイヤーグラウンドというプロダクションが関わり、Netflixにより配信が決定したらしい。スティーブン・ボグナー&ジュリア・ライカート監督には、GMが撤退したころのドキュメンタリー「The Last Truck: Closing of a GM Plant」(2009)があり、それに続く彼らのホームタウンでのドキュメンタリーのようです。

2008年12月にGMが倒産、オハイオ州デイトンでは工場が撤退したため、2000人以上の労働者が職を失ったそうです。そこへ中国の自動車用ガラス製造企業フーヤオ(福耀)が乗り込んできて、少なくとも1000人の雇用は確保されたところから、このドキュメンタリーは始まります。中国資本だから会長は中国人ですが、米国企業の社長と副社長はアメリカ人が就き、まさに町の人々からは“救世主”の登場と思われました。

しかし、アメリカ人を雇用すると同時に、中国人労働者も多数雇用します。中国語を話せるアメリカ人上司もいるというあんばい。工場は24時間稼働し3交代システムですが、食事時間は無給(つまり実労8時間)で、有給の休憩時間は15分が2回のみという状態。さらに問題は、賃金が時給14ドルだということでした。

今までGMで熟練労働者だった人々が、自分の娘のネイリストよりも安い賃金でしか働けず、それも慣れないガラスを扱う訳です。能率が上がらず、稼働計画にとても及ばない実績が続きます。中国人労働者たちは時間外勤務を受け入れるけれど、アメリカ人労働者は受け入れない。そんなこともあって、労働者たちはかつての自宅にすら住めない事態が続きます。

何人かの労働者が中国本土の工場視察に招待され、休暇を取って旅行する場面がありました。中国の労働者たちは、上司の号令のままに12時間労働を行っているとアメリカ人労働者は知ります。中国人労働者はそれを“国民性の違いだ”と言う。見学したアメリカ人中間管理職は“朝礼はいいシステムだと思った”と、帰国して実施しますが、労働者は戸惑うだけ。

かくて、労働者の権利を主張するアメリカ人従業員には、配転や労働強化という方向を取り、どんどん辞職させるように仕向ける。危機感を持った労働者たちが全米自動車労働組合(United Auto Workers、UAW)に加盟するよう働きかけますが、コンサル会社が乗り込んで従業員たちを説得し(従業員はこのコンサル会社の説明を聞く義務がありますが、ユニオン賛成派が工場内で活動することは禁止)、反対が6割の支持を得てユニオン加盟は成りません。

そして2016年、社長と副社長が辞任して中国人に代わり、アメリカ人中間管理職は全員降格して中国人の支配体制が完成します。中国人上司が、化学薬品を下水に捨てていたという従業員の報告も、会社側には通じない。労働者たちは“サリー・フィールドが必要だ”と苦笑いするしかない。←字幕はノーマ・レイだけど、どっちみち誰も分からんでしょ。

そんな110分のドキュメンタリーで、なんとも救いのない結末でした。かつて社会主義を実践し共産主義国家を作ろうとしていた中国が、かくもえげつなく労働者を搾取している事実には驚きます。アメリカ人従業員たちも、“組合に入ったら少ない給料から組合費を支払わないといけない”と反対に回っています。

要するに、ここまで人々が微視的にしかものを見られなくなっている、その方向に導くことで“会社の利益が優先。会社あっての社員”だと体に叩き込んできたわけです。物事の本質を考える余裕なんかない(考えるよりは目先の数ドルです)。これはまさに、植民地を支配した帝国主義者の論理なのですが、そんなことには頓着しない。中国とアメリカ、2つの文化でひとつの家族だという幻想を撒き散らしてごまかすだけ。

という風に僕はとらえましたが、実はこの作品“ノン・ナレーション”なのです。だから、会社側と従業員たちそれぞれの会話が見えるだけ。この手法でいいんでしょうかねぇ? 僕には疑問です。会社側が強引な論理で迫ってくるのに、労働者側は反論する手立てがないわけです。そんな実情の中で“公平な取材”って、ありえないと僕は思う。

なによりも、ノン・ナレーションのドキュメンタリーは見ていて疲れるので嫌です。その苦行を経ないと“事実を論じられない”というのなら、すでにもう事実を論じる場は破綻しているということではないのか? もちろんマイケル・ムーアのように、自分の論理だけをアニメをまじえて語れと言うつもりはありません。10年以上も寄り添って撮影している“素材”に対して、あまりにも制作側が“無力”なんじゃないか、と思う訳です。

ぜひ映画製作者がノーマ・レイとなってほしい。僕はそう思います。写真3でオスカーを掲げている共同監督のジュリア・ライカートはガンで闘病中のため、これが最後の作品になるかもしれないと語っているようです。
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