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2017年05月28日06:38

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他者の評価をむやみに信じるのはやめたほうがいい。しかし、制作当時の時代性には思いを馳せるべき。黒澤明監督「羅生門」(1950)再見。

言うまでもなく、戦後復興途上にあった日本に、“ベネチア映画祭でグランプリ受賞”という朗報をもたらし、人々の心を勇気づけた作品です。←僕は3歳でしたから、後々そういうことだったと知っただけ。水泳の古橋選手が世界記録を塗り替えたのと同じような効果をもたらしたのではないかと想像しています。

ということで「羅生門」という映画は、名作として語り継がれています。問題なのは、名作という言葉を独り歩きさせてしまった世間にあります。この映画を作った大映の社長だった永田雅一が、ベネチア映画祭グランプリと言われても“何のことだ?”とのたまったという逸話だけが面白おかしく語られるというのも問題です。

ワンマン社長にはいろいろ逸話があるけれど、そんな枝葉末節を面白がるのは、永田雅一という人物をきちんと評価してからにするべきでしょう。そしてまたオールシネマ・オンラインの記載みたいに、この映画を“黒澤明の出世作”という言い方はない。黒澤明が世界のクロサワとなった映画というべぎです。

物語は、荒れ果てた京の都の羅生門で雨宿りしている杣売り(志村喬)が、検非違使での出来事を思い出しながら“分からん”とつぶやきます。それを耳にした下人(上田吉二郎)が、雨宿りの暇つぶしに話してくれと頼む。同じく検非違使に証人として出ていた旅の僧(千明実)も、一緒になって検非違使で体験した話を語る、という展開です。

この脚本は、シナリオライターを仕事にしようとした橋本忍が、黒澤明の家を訪ねて手渡したといういわくつきの処女作で、そのあたりについては橋本忍の著書「複眼の構図」が面白いので、ぜひお読みください。まさにその著書の題名のように、ひとつの事件を様々な視点で物語るという手法で展開します。

戦後まだ5年目の日本で、この映画は大して評判にならなかったようです。しかしヨーロッパ映画界との橋渡し的存在だったイタリフィルム社長の手助けで、ヴェネチア映画祭に出品されます。その前にキネマ旬報誌のベストテンでは5位となっているので、それなりに評価はされていたとみるべきでしょう。こんな映画を制作したということで本木荘二郎がクビになったというあたり、時代を感じます。

その本木荘二郎が始めたピンク映画が、1962年以後大きな動きとなります。そして実は今回、僕はピンク映画版の「羅生門」と言うべき作品、池島ゆたか監督の「裏本番 嗅ぐ」(1993)と連続して見たわけです。もっとも池島監督作は、芥川龍之介の「藪の中」を下敷きにするわけではなく、事件がやぶの中というモチーフを頂いているだけ。

ですから「裏本版 嗅ぐ」には、永田雅一の言う“訳の分からん映画”という部分はなく、すべてが丸く収まるという大団円でした。これなら永田雅一も拍手したと思う。もちろん黒澤明や橋本忍の求めるところではないけれど。

さて、「羅生門」の何がダメだったかということですが、まずアフレコによるリップシンクのずれが気になりました。そして繰り返される早坂文雄の音楽が、ラベルの“ボレロ”そのままで、それでいて微妙に音符を替えているというあざとさが頂けない。“ボレロ”の著作権は2016年まで存続したそうですから、当時の日本映画の著作権に関する態度がよく分かります。もっとも、続けて見た池島版ピンク映画では、もっとリップシンクがいい加減でした。これは4日で撮影を終えるという制約のせいでしょう。

そんな黒澤明の「羅生門」が、ヴェネチア映画祭でエリア・カザンの「欲望という名の電車」や、ロベール・ブレッソンの「田舎司祭の日記」を越えてグラン・プリを受賞したのには、僕は“字幕”の力が大きかったのではないかと考えています。観客は字幕を読むことで映画のセリフを理解していたから、リップシンクのずれには重きを置かなかったのではないか、と。

僕は以前この映画のラスト、杣売りが赤子を連れ帰るという行為を“嫌いだ”と書きました。たしかに取ってつけたようなこの展開はすっきりしない。延々と語りあっているそばで、ずっと捨てられていた赤子が静かにしていたはずがないから。しかしこれは、戦災孤児を家族に迎え入れた当時の人々の気持ちを代弁していたのではないかと感じました。

「この世界の片隅で」という映画を、僕はさほど評価しませんが、しかし昨今の実写日本映画よりは“緻密に”ドラマを組み立てていたと思います。そのラストに出てきた戦災孤児の姿が、今回僕には「羅生門」の赤子につながりました。“6人育てるも、7人育てるも同じ”という志村喬のセリフは、一人しか子を持たない僕にはピンときませんが、その心意気は伝わります。

ということで、映画というものは他人の評価など気にせず、しかし作られた時代をきちんと思い浮かべながら、味わうべきなのだとつくづく感じたしだいです。
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