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2016年08月12日23:30

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あの世を知る(3)・「鞄」

 暑い日が続いていますが、皆さま、いかがお過ごしでしょう?

 ささやかな涼といえば大げさですが、余興を入れようと思います。

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 これは山梨県の韮崎方面で遭遇した話である。

 この日は東京から来た友人と久方ぶりに釣りに出かけた。久し釣りをしていなかったので、目印の当たりへのリスポンスも鈍っていたが、時間が経つにつれてだいぶ戻って来た。

 夕方になると雲行きが怪しくなって来た。山岳地帯は変わるのが早い。こんなことは渓流、清流釣りをしている方には言うまでも無いことだが、カーボンロッドは雷雨の時は仕舞わないと感電死しかねない。我々は予定よりも1時間ほど早く畳むことにした。

 案の定、雨が降って来た。

 韮崎の街に下りる山道を進むと、1人の傘をさした若い女の人が歩いている。暗くなりかかっているし、雨はますます激しくなって来た。傘だけではずぶ濡れになりそうなくらい横殴りの雨になって来た。

我々は彼女をちょっと放っておけなかった。

 友人は愛車のトヨタ・RAV4を路肩に寄せ、私が窓を開けて話しかけた。

 「あのう・・・このような天気の中、どこに行くのですか?」

 彼女は韮崎に向かうのだという。

 「方向が一緒みたいですね。良かったら乗って行きません?」

 彼女は一瞬考えたようだが、我々が袖の無いジャンパーに帽子をかぶっていたので、直ぐに釣り人だと分かって安心したようだった。

「す、すみません。助かります。実はこれからお通夜に参列するところだったのです。」

 彼女に後部座席に座ってもらい、発進した。色白で艶やかな黒髪の豊かな若い娘さんだった。私は使っていないタオルを彼女に渡し、滴を拭いてもらった。

 雨は更に激しくなり、稲光も見られるほどだった。山梨県は晴天率が高い県で有名だが、降る時はどっと降る。

 韮崎の街中に入り、彼女の水先案内通り進んだ。転勤でこの地に来て以来、パートのおばさん以上に、土地勘には自信があったのだが、そこは今まで走ったことが無い土地だった。韮崎市内の某所としか分からない。

 とりあえず、彼女の言う通りに進むしかない。古民家や入りくんだ道には漆喰で出来た塀がたくさんある。韮崎にこのようなところが・・・と思って驚くしかないが、すると、百メートル先にぼんやりと明かりが見えて来た。

 「あ、あすこです。ありがとうございました。この道をまっすぐ進めば、県道に出られるはずですから。」

 彼女は一方的にそう言うと、後部座席から足早にその建物の中に駆け込んで行った。

 出発しようとしたところ、友人が後部座席におかれた物に気づく。

 鞄がそこにあった。

 「これ、あの人のだよな。届けてあげるか?」

 と言って、我々もその建物に近づく。建物は古い木造の門のあるだだっ広い古民家である。ぼんやりと明かりがついている。お通夜をこれから催すのだろう。入りにくい雰囲気ではあったが、中にいる人を呼びだした。

 喪服を着た中年女性が出て来た。最初はいぶかしんでいたが、事情を説明すると、彼女は納得してくれたが、鞄を見ると血相を変えて

 「ああ、これは・・・。少し、お待ち頂けますか。こんな天気ですから、どうぞ、家の中へ。」

 と応接間に案内され、そこで麦茶を出してくれた。

 暫くすると、こちらのお宅の御主人とおぼしき人が出て来た。

 「あなた方、よく見つけて下さいました。お通夜とは私どもの娘で、事故で亡くしたのですが、とうとうこの鞄だけは見つからなかったのです。」

 ご主人は目に涙を潤ませていた。

 「これも何かの縁。娘に会ってくれませんか?」

 と言い、祭壇に案内された。我々ふたりは思わず「あっ」と言いそうになってしまった。祭壇に黒と白のリボンのついた遺影、その遺影は、我々が乗せたあの若い女性にそっくりだったからである。

 我々はお焼香をして帰ったが、私のアパートまで、無言だった。

 世にも不思議なことがあるものだ。もし後部座席にいた彼女が、遺影のきれいな若い娘さんだったら、死者を送り届けたことになるが・・・さて、彼女の正体は?

 それは言わない約束ということにしておこう。

 ともあれ、心霊スポットで、美女を乗せたら、抜けた時には、後部座席は水たまりになっていたというありきたりの出来事ではなかった。彼女はドアを開けて家に駆け込む際、とてもうれしそうだったから、良いことをした、これは確かである。

 釣ったウグイ、オイカワは唐揚げに、アユとイワナは塩焼きにして、我々はビールを飲んでその晩は過ごした。

 最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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