「ありじゃむ」さんという、透明アクリル製の巣で家の中の蟻を飼育・観察し、その様子を配信しているYouTuberの番組をよく見る。
ムカデVSクロオオアリのような実験めいた企画もあって面白いのだが、特に印象に残っているのは、巨大な砂糖の山で満たしたプラケースを蟻のケージにつないだ回である。
最初、蟻たちはせっせと砂糖を自分たちの巣へ運び込もうとする。
だが、やがて利用しきれない量だと分かると、その砂糖の塊に砂や土をかぶせて、見えなくしてしまう。
おそらく蟻の集団にとって、これは埋伏の毒になると、学習か経験の蓄積の果てに判断したのだろう。
こんなイージーモードを当たり前にしていたら、このコロニーは駄目になる――そう蟻たちは考えたのか、あるいは経験がそう教えたのか。
私は感心した。蟻というのは賢い。
翻って、オンライン・ライトノベルに頻出する、チート能力を持った転生者の物語を考える。
その世界で最強の魔王ですら、赤子の腕をひねるように易々と倒せる主人公。
しかも、その圧倒的優位を保ったまま、安寧な生活をだらだらと送り、読者の安全欲求や承認欲求を満たしつつ、ゆるく続いていく物語。
だが、もし現実に人間がそんな状況に置かれたら、どうなるだろう。
他者への配慮や尊重は、日々少しずつ摩耗していき、最後には尊大な独裁者、いや魔王以上に驕り高ぶった何かへと変貌してしまうのではないか。
もちろん、そうならずに他者への敬意を失わない聖者のような人もいるだろう。
だが、そうした物語の主人公は、たいていそこまで出来た人間ではなく、むしろ平凡な者として描かれているのではないか。
挙げ句の果てには、毎日のように襲ってくる「正義の刺客」たちを、蟻を潰すようにプチッと倒すことだけが唯一の暇つぶしになる。
そんな、目も当てられない外道に堕ちるのが、むしろ現実的なエンディングではないか。
そう考えると、イージーモードを自ら封印するリアルの蟻たちのほうが、よほど賢明な存在に思えてくる。
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