ドラえもんのポケットのような無限収納は、「なろう」や「カクヨム」系のファンタジーでは、だいたい「アイテムボックス」と総称されている。あれは便利そうで夢があるのだけれど、よく考えると、なかなか厄介な問題を抱えている。というのも、アイテムボック
選択的夫婦別姓制度に反対する論客の言い分を見ていると、どうしても「それは本当にフェアな理屈なのか?」と感じることがある。よくある反対理由として、 「子どもにとって両親の姓が違うのは不自然だ」 「子どもが父母のどちらかと姓が違うのはかわいそうだ
タイトルに挙げた本・児玉真美 著(ちくま新書)を読んでいる。まだ途中までなのだが、読んでいていろいろ考えさせられる。まず、安楽死をめぐる議論では、いくつかのものを厳密に分けて考えなければいけないのだと思う。たとえば、緩和ケア、尊厳死(延命措
昔、生協で食材や灯油を買っていたことを思い出した。たしか代金は月ごとの引き落としだったと思う。灯油を買う時は、空の灯油缶を二つ持っていくと、その数だけ記録されて、代わりに満タンの灯油缶を受け取る仕組みだった。あれは、補充にほとんど時間がかか
最近、文明のエネルギー設計について考えることがある。とくに気になるのは、化石燃料に強く依存してきた今の文明が、この先も同じ形で続けられるのか、ということだ。人類が化石燃料を使うことで二酸化炭素を排出し、それが地球温暖化につながっているのか。
先日、法事があって、義父宅で久しぶりに孫に会った。まだ二歳とすこし。義父の家で、少し急で踏みしろの狭い階段をいっしょに上がり、二階でしばらく遊んでから、また一階へ下りてきた。するとその二階がよほど気に入ったのか、孫が「うえ、いこ」と大人を誘
私はこのmixi日記に、これまで映画評を3本書いた(2026年5月時点)。監督名と作品名を挙げると、キャロル・リード『フォロー・ミー』、ニコラス・ローグ『マリリンとアインシュタイン』、アイヴァン・ライトマン『デーヴ』の3作である。さらにあと2本、書きた
昔、私は同人誌サークルに入っていて、仲間たちと作った冊子を即売会で売ったことがある。今でも構想だけは頭の中にある。問題は筆力のほうで、こちらはなかなか思うように追いつかない。そんな時、ときどき自分の考えたシチュエーションをAIに見せて、感想を
地学に「河川争奪」という現象がある。Aという川の源流を、別のBという川が浸食で上流へ伸びて奪い、自分の川筋へ流れ込ませてしまう現象である。文化のオリジナル争いを見ていると、ときどきこの言葉を思い出す。「キムチのルーツは韓国か中国か」とか、「唐
梶よう子『お伊勢ものがたり』をようやく読了。この作家は、図書館でたまたま見かけて、ぱらぱらめくって、「これは借りよう」と思うまでまったく知らなかった。当たり前といえば当たり前だが、自分の知らない良書はまだまだあるのだなあと、あらためて思わさ
この作品と、この人物に対する怒りと失望は大きい。だが、ネガティブに批評するための具体名は伏せておこうと思う。そのほうが、自分の文章の品位を保てる気がするからだ。かつて、ある異世界転生もの(作品名・作者名は伏す)を読み始めた。そこには、地の文
多分、ET――地球外生命、つまり知的ではない微生物のようなものなら、百年以内には、いやもっと早く発見・確認されるだろう。だが、ETI――地球外知性体の発見は、はるかに奇跡的だと思う。私個人の予想では、この瞬間、天の川銀河に存在している「電波文明
古い順に挙げていく。まずは『謎の円盤UFO』というテレビドラマ。これは、『サンダーバード』『キャプテン・スカーレット』などの人形特撮(スーパーマリオネーション)で有名なセンチュリー21プロダクションが、人間の役者を使って制作した特撮ドラマである
昨日も妻とモール巡りをした。とはいえ、いつものように途中から別行動で、私は例によって書店へ向かった。『安楽死が合法化された国で起こっている事』と『貧困大国アメリカ』は図書館で借りる算段をしたというのに、書店で『鳥は飛びながら眠る』(渡辺佑基
先日、このmixiのコミュニティでのやりとりから、議論になって考えたことがある。それは、「数学」は「自然科学」の一部なのか、否か、という疑問である。私は、「否」寄りの実感がある。それを言語化すると、「自然」「世界」「この宇宙」からのフィードバッ
それは、小説の朗読である。私は藤沢周平、山本周五郎、池波正太郎の時代小説も大好きなのだが、それらの小説の朗読CDが実にいい。中村梅雀、笹野高史、佐藤慶といった俳優陣、最近聞いたものでは、柳家小三治の『驟り雨/朝焼け』が絶品だった。青空文庫の朗
MIXIメニューで「ホーム」をクリックすると、マイミクの人たちの「つぶやき」や「日記」などが時系列で表示される。私は、この「つぶやき」や「日記」を見逃さないためにマイミク申請をし、マイミクになる。ところが、これは私の想像だが、マイミクが100人も
郊外の住宅街に住んでいる。住み始めた若い頃、同じ年代の子供連れの夫婦で全体が若かったが、今や子供世代は便利な都会のど真ん中に自分の所帯を構え、この住宅地もご多分に漏れず、徐々に高齢化している。そんな車がないと不便になってしまった住宅街。十年
ウルトラマンとウルトラセブンの地球人の防衛組織、"科特隊"と"ウルトラ警備隊"まずリーダー比較、村松キャップは穏健で思慮深く、武力の行使には慎重。これは科特隊が科学捜査をする警察組織という、一番似ているのは科捜研。村松キャップは、おそらく学位を
今、梶よう子『お伊勢ものがたり』を読んでいる。図書館の貸し出しを延長したとはいえ、あと10日足らずで返却するので、私の読み方としては集中して読んでいる。そこで連想したのが、お宮参り。私は無宗教、いや、もっと正確に言えば無神論者なのだが、日本の
かなり前から、死刑制度について考えている。世界の多くの国が、量刑としての「死刑」を制度的に廃止しているか、実質的に廃止している中、日本などは、制度として、その執行としても「死刑」が残っている。この是非はどう考えるかについて。私の本性は、たぶ
昨日は、奈良県立馬見丘陵公園を歩いてきた。GWが終わってちょっと空いていた。チューリップはほぼ花を落とし切っていて、小さな花「紫蘭」「ネモフィラ」が可愛く咲いていた。妻とのんびり園内を一筆書きするように一周した。一昨年の同じ頃に行った、井の
少子化への究極の処方箋とは、「こんな人生なら、自分の子どもにも生きてほしい」と思える社会をつくることではないか。大人になるまでにも、大人になってからも、振り返ればワクワクしたこと、ドキドキしたことがある。苦しい時もあったけれど、それも人生の
まずこの画像は、楽天AIに出力してもらった「現代人が思う紫の上」と、「平安人が思い描いていたであろう紫の上」である。どちらにもノーブルな、高貴さの気配はあるのだが……やはりかなり違う。現代版は写実寄りで、平安版は記号的にみえる。右のほうなど、
YouTubeで、どうにも許せない動画の型が二つある。一つは、ランキング形式を装いながら、3位と2位だけ紹介して、1位は「ダブルタップで」「コメント欄で」と言って終わる動画である。こちらはPCで見ているのだから、ダブルタップなどできない。ではコメント欄
その前から、可能ではあった。生徒一人ひとりが大きなディスプレイを持つ通信端末を持ち、学校からの連絡や授業そのものも、その端末から受け取る。そういう形は、技術的にはすでに可能だった。ただし当時は、まだ夢物語に近かった。大学生は一人一台PCを持た
人の性格を善悪から考えるとき、単純に善人・悪人で分けるだけでは足りない気がしている。本性と外見が一致している者もいれば、そこにズレがある者もいるからだ。そこでまず、内面と外面の落差から、人を大ざっぱに四類型に分けてみる。A:内面も外面も誠実
私はこれまで、自分なりの「善悪論」をまとめて、善と悪の問題には一応の決着をつけたつもりでいた。ごく短く言えば、ある行為はそれを見た者によって評価され、その連続的な評価が、ある閾値を境に「善」「悪」として認識される、という考え方である。ところ
上方落語で、故・桂吉朝さんのSF落語を録画で見たことがある。『死人茶屋(しびとぢゃや)』という、題名だけが伝わっている噺をSF仕立てにしたものだった。SF作家の堀晃さんとかんべむさしさんが協力した版である。その噺に「米アーサー(よねあーさー)」と
ファンタジーのダンジョンについて、前から気になっていることがある。あれ、本当はものすごく臭い場所なのではないか。冒険者が潜り、魔物がうろつき、戦闘が日常的に起きる地下空間である。現実なら、血や腐敗や糞尿やカビや死骸やらで、とんでもない衛生状