路上お邪魔ですか展 渋谷区立松濤美術館
路上観察で見つけた不思議なものを「物件」とよび写真を撮って共有。それらは赤瀬川の言葉を借りれば《超芸術》です。
作家が明確に存在せず役に立たず非実用であるにもかかわらず芸術を超えた芸術として立ち現れるもの。
路上観察とはこうした《超芸術》を写真におさめ品評会という形式で共有する実践でした。こうした見立ての積み重ねは道路という言葉が持つそっけなく無機質なイメージを認識のレベルから組み替えていきました。
2026年は路上観察学会の設立から40年にあたります。今や路上観察という言葉は一般名詞のように用いられ、若い世代もまたレトロな建物や片手だけ落ちた手袋、軒先の園芸へと目を向けています。
本展では、超芸術トマソンや建築探偵団など路上観察学会の活動を手掛かりにその40年を振り返ります。
一木努 「野村証券江戸橋分館」
一木努は解体された建築物のかけらのコレクターとして有名。高校の時、故郷の菓子工場の煙突の煉瓦を拾ったことが原点。
林丈二 「靴底の小石」(1980)
ヨーロッパ旅行のとき靴底に詰まった小石を捨てずにとっておき、それを小瓶に入れて並べた作品
林丈二 「アイスキャンデーの当たり棒」(1985)
ホームランバーの当たりの確率を調べるため1年間食料品店に通い食べまくってその棒のコレクションを並べた作品
日本最古の道路標識(高松市)
大正11年内務省令が裁定され日本初の道路標識が整備された。その姿を今もとどめる標識が高松市塩江に残されている。
100年近く街を見守ってきたその存在は単なるルール標識を越えて路上の景観になってきた。
鈴木康広 「道具の透視法」(2001)
かつての公園の主役でありながらこの20年で急速に姿を消した回転式ジャングルジム「グローブジャングル」
その消失という事実そのものが、今私たちがどのような公園をつくりどのような遊びを手放してきたのか問い返す象徴的なできごとでもある。
作品において記憶の再生装置である遊具は同時に社会の在り方を写す鏡でもある、2026年渋谷区内にかつて存在し今は撤去されたこの道具の痕跡を収材し新たな映像として投影する。
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