十三第七芸術劇場ナナゲイホールでの「蟻の兵隊」(2006)アンコール上映に行ってきた。
日中戦争が内包する闇“日本軍山西省残留問題”に世界で初めて迫ったドキュメンタリーで
あり、20年前の映画だが、このところの政治の不穏な風潮のなか『靖国』や『ゆきゆきて、神軍』とともに注目が集まっている。
映画概要
中国山西省で終戦を迎えた北支派遣軍第1軍の将兵2,600人は、武装解除を受けることなく残留。国民党軍の部隊として、戦後4年間共産党軍と戦い、550人が戦死した。生き残った者も700人以上が捕虜となり、ようやく引揚げることができたのは、日本が高度経済成長に突入しようとする昭和30年頃のことだった。“軍の命令で残った”と主張する元兵士らは“志願による残留”とみなされ、戦後補償に応じない国を訴え続けている。
第1軍司令部軍司令官によって行われたという歴史上類を見ない“売軍行為”は、多くの日本人にとって知られることの無いまま、第二次世界大戦の記憶の風化と共に歴史の闇に葬られようとしている。本作は、戦争の被害者でもあり加害者でもあるひとりの老人・奥村和一が、“日本軍山西省残留問題”の真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追った衝撃のドキュメンタリーである。
奥村氏の体には、未だ無数の砲弾の破片が残り、左耳の聴力と全ての歯が失われている。しかし彼は、戦争によりそれ以上のものを奪われた。“初年兵教育”の名の下に、“肝試し”と称してなされた中国人の虐殺を巡るエピソードは、戦争がいかに人間の尊厳を破壊しつくすかを如実に物語っている。真実を見極めようとする奥村氏の中国への旅は、この問題自体を黙殺しようとする国家に対する戦いと、侵略戦争の加害者としての贖罪という二重の意味に彩られる。これまで妻にさえ語ることのなかった自らの戦争体験を明らかにすることで、彼にとっての戦争に決着をつける道を見出す奥村氏の姿は、戦争責任を省みることなく、総括することもせずに歩んで来たこの国の歪んだ像を際立たせる。
監督は、テレビ・ドキュメンタリーのディレクターとして数多くの作品を手がけ、モンテカルロ国際テレビ祭ゴールデンニンフ賞受賞などの経歴をもつ池谷薫。『延安の娘』に代表されるように、中国での取材活動を積極的に行っている。資金の一部を全国の有志からのカンパで補い完成した本作は、試写を見て感銘を受けたボランティアの活動の甲斐あって、全国各地で上映され、その波紋の輪を静かに広げている。見ることで知り、知ったことで何かが変わる。『蟻の兵隊』とは、まさにそういう映画だ。
池谷監督の新聞記事
https://mainichi.jp/articles/20260404/k00/00m/040/026000c
池谷薫著「蟻の兵隊 日本兵2600人山西省残留の真相」新潮社
上官の命令で、終戦後も中国にとどまり中国の内戦で戦わされた日本軍山西省残留兵士。中国残留孤児のことは知っていたが残留兵士がいたとは。満州ではロシアの捕虜になってシベリア抑留された人は多かったが、山西省でそんなことがあったとは全く知らなかった。
映画は冒頭、靖国神社に初詣にきたという若いギャルに「ここに誰が祀られているか知ってる?」と質問するところから始まる。実際それを知っている若者はほとんどいない。毎年政治家が靖国参拝することに中国や韓国がなぜ抗議するのか。疑問も持たない。学校でも現代史は教えない。試験にも出ないから関心もない。私も若いころは彼らと同じようなものだった。この年になってようやく関心を持ちいろいろと戦争の映画やドキュメンタリーを見て学んでいる。
この戦争は《民意》だったという。知らないうちに国に操られて戦争へと進んでいった、騙された、という国民がほとんどなのにどこが《民意》なのか。
でも事実を知れば知るほど戦争反対どころか戦争歓迎の空気を作った《民意》の真相が明らかになる。
結局私たち日本国民はほぼみんな戦争にコミットしていたのだ。
大事な夫や息子を戦地に行かせたくなかった、が仕方がなかった、非国民は断罪されるから戦争反対と言えなかった、などといくら言い訳をしても結局みなが戦争に協力し共犯だった。だからかも知れないが誰も戦争責任を取らない。特定の誰かを断罪して自分は全く関わっていなかったとは言えないからだ。
戦争を始めたのは国だというが誰か特定の人や機関が始めたのではない。天皇を担いで軍隊を皇軍と呼び、多くの犠牲を出し、もはや誰もが負けるとわかっていながら国体保持(まるで国家に実体があるように)を掲げて戦争を引き延ばし、最終的には原爆を落とされた。戦争はいったん始まれば終わらせることができないと多くの人がいう。
だからこそ、知らないうちに、仕方なく、始まらないようにしなければならない。それが平和な時代に生きる私たち日本人の絶対使命だと思う。
靖国に集う日本軍やナチスのコスプレに身を包んだネトウヨのパフォーマンスも映画に撮られていた。靖国の盛り上がりはまるで愛国の祭典だ。そこに右翼のアイドルのような存在となっている小野田寛郎さんの姿があった。奥村氏はおじけづくこともなく小野田さんに近づいて行って質問する。「あなたはこの戦争が侵略戦争だとは思わないのか?」と。それに対し小野田さんは「侵略戦争とは何のことを言ってるのか?あなたは《開戦の詔勅》を読みましたか?」と反論した。
1941年12月8日、日本軍によるハワイ・真珠湾攻撃やマレー半島上陸などが行われたと同時に天皇により国民に発布された太平洋戦争《開戦の詔勅》とはどんな言葉だったのか?調べてみると、こんな内容だったらしい。
開戦の理由
・自存自衛の強調・・ 諸外国(米英など)の経済封鎖や圧迫により、日本の生存と自衛が危うくなった
・東亜の安定・・東アジアの平和と安定(大東亜共栄圏の建設)を守るため、やむを得ず武力行使に踏み切った
・総力戦の呼びかけ・・国民に対し、一丸となって国難に当たり、帝国のためにつくすよう求める
《開戦の詔勅》に侵略の意図はひとことも書かれていない。
この戦争は欧米列強の侵略に苦しむアジアの代表として大東亜共栄圏構築のため自存自衛のために始めた大義ある戦争だというのだ。
都合よく解釈できる内容であり、小野田さんの言っていることとも矛盾しない。
でも実態はどうだったか。それはこの戦争の結果と歴史が証明している。
専守防衛の名のもとに致し方なく戦争する、という詭弁。日本は昔からそうだったのだなと妙に納得。
「この戦争は侵略戦争です。正義などない。そして戦死した兵士を英霊にして戦犯も一緒に合祀している。うそつき国家の象徴のような靖国など私は絶対に参らない」
毎年必ず靖国神社の前に姿を現す奥村氏だが、こうして社には背を向けるのだった。
国の誰も責任をとらない体質は今も昔も同じだが、この日本軍山西省部隊の上官は最低最悪な奴らだ。日本の敗戦を知りながら、自分らがまず日本に帰って大日本帝国復活のための援軍を連れて戻ってくるのでこのままお前らは中国に残って戦えと命令。武装解除を禁じ、中国国民党の司令官と密約を交わし自分らだけが偽名を使って日本へ帰国した。分隊は命令に従い終戦後5年も国民党の傭兵として戦い多くが戦死。生き残った者も共産党の捕虜にされた。奥村氏が帰国できたのも30歳を超えてから。
新潟の商家の長男だった彼は帰国したとき、とっくに除隊処分になっており国からの保障は受けられず。この処遇に怒り裁判を起こすが国からは、彼らは好き好んで中国に残ったのだとされ、裁判はことごとく敗訴。裁判中すでに90近かった同僚はみな亡くなる。当時20歳そこそこだった奥村氏だけは80歳。といっても高齢だが「私はまだ若いですから絶対にあきらめない」と誓う。上官の命令で自分たちが残留兵となった証拠:交わされた密約の指令文書を求めて自費で中国を訪れ、日本兵の駐留地の公文書館を訪れる。
その調査訪問の中で、日本兵が現地人にどれほどひどいことをしてきたか当時を知っている国民に話をきく。それは奥村氏にとってつらいことであった。彼らにとって日本軍は敵で恨むべき対象だから。その日本兵残党が一体どの面下げて侵略地を訪れるのだと。
罪もない民間人を銃剣で突き刺す。それが日本軍の初年兵の訓練だった。人の殺し方を練習させるのだ。「初年兵の訓練で私は人を殺しました」奥村氏は決して妻や子に言えない戦地でのことを映画で吐露した。現地女性への輪姦も常習化していたという。「あなたもしたのか」との質問には「私はしていない」「上官に見張りをさせられていた」と答えた。
この映画の視点のすごいところは、奥村氏含む戦争に行った兵士はみな被害者であると同時に加害者でもあるというむごい現実を突きつけてくるところだ。
彼ら残留兵は祖国日本に見捨てられた被害者であるが、一方で彼らが所属した日本軍は中国人にとっては侵略・殺戮・強奪・輪姦を繰り返した加害者である。この映画はそこをとことん描いている。
この映画を見た日、たまたまNHK映像の世紀バタフライエフェクトで特攻の特集があった。「お国のために/天皇陛下のために/尊い命を捧げてくれ/君たちは軍神となり英霊となる」そう持ち上げられ(名目上は)志願してなった特攻隊員たち。特攻命令を受けた兵士が自らの最期をかけて思ったのは家族や恋人のことだった。自分は誰のために命を差し出すのか?「国のためではない。身近な家族や恋人のため。彼らが住むこの国を守らないといけないから」とみな遺書に書いている。
池谷監督のトーク
奥村氏はこの映画が公開された5年後に亡くなったそうだ。この映画撮影中も80を超えていた彼は胃癌で胃を全摘しているため中国ロケ中も食べられず厳しい状況だったが頑張って食べてくれたと言っていた。また新潟の人だけあって酒だけはめっちゃ飲むと言っていた。
撮影で監督は狂ったように彼を追い込んだ。鬼だった。でもそれだからこそ真のドキュメンタリーが撮れたと。奥村氏は思い出すのもおぞましい経験を毅然として語った。とことん事実に向き合った。罪もない民間人を何度も銃剣で突いて殺したこと(初年兵は殺す練習をさせられる)恐怖で相手の目が見れない。でも上官の命令でありこの儀式を経ないと一兵卒になれないと追い込まれてやったこと。とはいえ自分が罪もない人々を殺したという思いは慙愧にたえない。しかし現地で生き残った人の子孫への聞き取り調査の中で、奥村氏らが銃剣で突き殺したのは中国の傭兵だったことが判明。自分が殺したのが罪のない民間人ではなく、敵前逃亡の中国兵への断罪ということであれば殺人を正当化できる、と奥村氏の顔色が変わったのだ。監督は奥村氏の反応を見逃さなかった。つまりどれだけ現地中国人への贖罪の気持ちがあっても奥村氏の中にはまだ日本軍人意識が残っている。軍人として訓練され人格改造された自分を一生消し去ることはできないのだと。
どんなに年いっても彼の戦争は終わっていないのだ。戦争に行った人みな同じではないか。恐ろしい。
1か月前、YouTubeで「ゆきゆきて神軍」も見た。アナキストの奥崎謙三が言っていることは間違っていないし彼が断罪しようとしている上官たちもみな嘘つきで罪深い。でも戦争が終わったらすべてなかったことにしてひっそり穏やかに暮らしている。そこへ奥崎は押しかけて行って家族のいるところで一方的に追い詰め襲撃する。真面目に見ているとまともな精神をもった人間の反応として吐きそうになってくる映画だった。観るべき映画とは思うが。
「ゆきゆきて、神軍」をみたあとの「蟻の兵隊」。
本当に日本の軍隊の腐敗や人格破壊はひどいものだったと思わずにいられない。日本は恥の文化だというけれど、私たちは先人がこういう組織を作ってきたことをもっと恥ずべきだと心から思った。
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