今週末の土曜日はイベントが重なった、しかし天気が悪い。
1週間ずっと天気が悪かったので、今日も雨だから行かないという理由も空しくなるので、出かける事にした。
たまたま夏場に調べ物をしていると母校の高校が創立40周年ということを知った。
文化祭にて40周年特別企画が行われるらしい。
文化祭の日時は忘れていたのだが、もうそろそろかなと感じて調べてみると、たまたま今週末の土曜日だった。
自分が学生の頃は土日開催だったのだが、週休二日制の今では金(午後)土(終日)になっていた。
越谷駅から昔はなかった路線バスに乗って学校に向かう。
越谷駅に行くのも久しぶりと思ったのだが、昨年のGW直後にスーパー銭湯に出かけている。(週報には載せていない)
そのため1年半弱ぶりなのだが、この期間はあまりにもいろいろな事があり過ぎたこともあり3年くらい間が空いた感じすらある。
高校の周囲は時々自転車で通る事はあったのだが、敷地内に入るのは大学卒業後の部活合宿時のOB訪問以来となるため、28年ぶりとなる。
その時は体育館のみなので、校舎側は卒業式以来となる。
校内に入ると、頭の片隅に保存されていた記憶がよみがえり、意識せずとも校舎内の位置関係を把握して歩きはじめることが出来た。
さすがに、学科実習棟の何階がどの科だったかは忘れていたが…。
メインの40周年企画が展示されている教室へ向かう。
卒業生から現役生へのメッセージということで、今年卒業した37期生までのメッセージが掲げられていた。
当然多いのは、この10年くらいの人達である。
意外だったのは、学校創立期の人達のメッセージも多かった。
私の代となる5期生は皆無。私自身も知った時にはメッセージの応募期限を過ぎていたので仕方ない。
さらに少ないのは10台の期である。
年齢的には40台で育児・仕事にしても一番忙しい世代であり、昔のことなど構っていられない世代なので仕方ない。
結果的には、行ったのは良いのだが、肩透かしを食らってしまったという。
ここまで来たのに、このまま直ぐ帰るのは勿体ない。
さすがに各教室での出し物「脱出ゲーム」「迷路」「駄菓子屋」「ゲームコーナー」といった内容は、今の自分が立ち寄るには少々キツイものがある。
卒業生ではあるものの、現役高校生の親たちよりも上の世代になってしまっているので。
体育館に行くと、母校の文化祭特有のファッションショーが行われていた。
現役時代は自分たちの出し物だけで忙しいため、見たことはなかった。
この際なので、見に行く事にした。
自分がデザインした服を自分で着てファッションショーに挑むのである。
さすがにモデルではないため物足りない部分があるのは仕方ないのだが、一名だけ自分の見せ方をわかっている人が居て驚いた。
この一人だけがプロ状態なのである。
終了後デッサンも掲示されていたのだが、絵から現実の洋服に起こす能力はさすがに凄かった。
高校生の時代ならば理解できなかったかもしれないが、この15年くらいは芸術関連の展示会にも行くようになった事もあり、目が肥えてきたのだろう。
帰り間際に学食棟の方を見ると、営業しているらしく立ち寄ってみる事にした。
中に入ると、あまりにも昔のままで驚いた。
入口でパンを売っている光景に、昔を思い出し泣き出しそうになりかけた。
食堂自体は特別限定メニューだけということで、牛丼を頼んだ。
価格も400円と学生向け価格というのもうれしかった。
帰り間際に玄関に戻ると、図書室が空いている事に気が付いた。
久しぶりだなと思い立ち寄ってみると、入口に「創立40周年コーナー」ができていた。
この中には毎年作成されてきた、生徒有志による本があり、歴代の本がそろっていた。
また5周年ごとに作成されてきた、アルバムも置かれていた。
私自身は5年目のものは手元にあるのだが、10年目、20年目といったものは初見である。
学校の移り変わりを記録としてみるのは初めてである。
クラスの担任が2002年まで在籍だったことに驚いた。
また私を就職から大学進学へ進路を大きく変える事になった先生は、さらに長く2007年まで在籍していたとの事。
この事を知るのがあまりにも遅すぎた。時間が経ちすぎてしまっていた。
また、もうひとつ各年の文化祭パンフレットも置かれていた。
1991年のパンフレットの表紙を見ただけで、その時点でも懐かしさは全開であった。
その隣に翌1992年(高校3年生)の時に、実際には開催されなかった文化祭のパンフレットも置かれていた。
開催されなかったのは、直前の持久走大会で急死された生徒がおり、この生徒を追悼する関係で中止になったものである。
この事自体は先程書いたアルバムには残されていない内容である。
(ただし文化祭が開催されている記述が無い事で、欠番の回であった記録としては残っている)
このため、この時の文化祭に何を出す予定だったかは、全く覚えていなかった。
パンフレット内に書かれていた内容は「カラオケボックス」だった。
記憶の扉がいきなり開いた。
レーザーカラオケをどこからレンタルしようかと調査が始まった頃に中止になったのである。
★当時は通信カラオケが生まれた直後の時代。8トラックカラオケもかろうじて存在
私の中の「40周年企画」は図書室内に置かれていたという結末になった。
司書の方と少し話をしており「倉庫内で見つかったものを展示しています」との事だった。
あまりにも凄い内容だったこともあり、お礼を言い、会場を後にする事にした。
今回行った目的は、過去の物事への成仏・棚下ろしである。
卒業式〜部活OBとしての訪問から長い年月が経ってしまった。
あの時に感じていていた、良い思い出・嫌な思い出ともに思い出したうえで、成仏できてスッキリとした感情になっていた。
この後は重なったもう一つのイベントのために、移動した。
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写真: 越谷総合技術高校(学科実習棟)
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