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2022年11月07日17:13

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ー虚構と孤高の肖像ー 光クラブ 山崎晃嗣

 山崎晃嗣(やまざきあきつぐ)は千葉県木更津の名家の五男坊として生まれた。
 大変な秀才だった山崎は一高を経て東大法学部に入学。しかしそのころ、時代は戦中であり、やがて学徒出陣を命じられた彼は北海道旭川市の部隊に配属されている。その部隊で上官の虐めに合った山崎。その時の上官の虐めが原因で一緒に配属されていた一高・東大で親しかった友人を亡くしている。
 しかも山崎は、上官の命令により、その友人の死の真実(虐めによる心臓マヒ)を隠匿させられていたのだ。
 また、終戦の間際、軍部の上官による食糧横流しの罪を被らされて懲役1年半、執行猶予3年の判決も受けている。
 それまで勅諭や戦陣訓ばりのセリフで尽忠精神を説いていた軍人将校はポツダム宣言受諾と同時に赤裸々で恥知らずの人間にかえってしまっていたのだった。
 隊長、参謀らは蔵から米、砂糖、パン、乾パン類を持ち出し、トラックと乗用車に食糧、毛布、器材なども満載にして消えた。あまつさえ山崎は上官の命令で残った食糧を隠したが、運送屋の密告で検挙されるに至ったのだ。
 敗戦とともに「現人神」であった天皇は「人間天皇」に変わり、帝国主義はまるで最初から無かったことのように民主主義へとその様相を変えた。
 山崎の心中に「失望」と「虚無」、そして「激しい怒り」が渦巻いていたに違いない。

 そんな散々な目に合った軍隊時代を終えた山崎は、その後東京大学に復学して何かに憑かれたように猛勉強に励み、圧倒的な努力の果てに、恐るべき膨大な知識を得ることとなった。その結果、山崎は東大始まって以来の秀才として首席卒業するに至るが、それと同時に彼が在学中に起業していた『光クラブ』なる屋号の闇金融会社が「現役東大生社長」のブランドをウリにして、一躍世の脚光を浴びることとなっていた。

<年利18%相当の配当をエサに投資家を募り、その金を原資に“トイチ”を条件に金を貸す>
 戦後の動乱期に、金はあってもその運用方法が分からない頭の悪い人々の金への執着心を巧妙に揺さぶり、その一方で金利が「十日で一割」という返済不能必至となることが分かってはいても、当座必要な金を借りるしかない人々の心の隙間にも忍び込む、そんなビジネスが大成功したのだった。・・・その起業の発端となったのが、山崎自身が「投資話」に騙されて親から借りた大金を失ったことだった、というから何とも遣る瀬無い話ではある。
 終戦直後の日本は「債権者」と「債務者」の双方が大いなる困難を抱える時代であったのだろう。・・・そこに目を付けたのが山崎晃嗣という男なのだ。

『光クラブ』の社屋は起業当時、中野区鍋谷横町に構えられていたが、盛業著しい状況に伴い、社屋は瞬く間に銀座の一等地へと移転し、社員の数もそれに応じるように増えて行った。

 山崎はまた異常性欲者としても知られ、会社で雇った女子社員や行きつけのBarの女給などとに次々と手を付け、四年間でなんと8人もの女性たちと同時に付き合っていたらしい。おそらくそれは「情」も「愛」も通わない関係であったのだろう。「愛」を傾けられる女性が一人でもいたのならば、同時に8人もの女性との交際は考えられないからだ。 ・・・愛なき性欲。ここでもやはり山崎の常人ではない一面が垣間見える。

 ・・・そして、その常人ではない山崎晃嗣の春は永くは続かなかった。

 終戦後、にわか仕立てで制定したような「物価統制令」の違反の罪で山崎は逮捕された。京橋税務署が内偵捜査のために送り込んだ山崎の秘書の密告による逮捕劇であった。肉体を契り親密な関係にあった女の裏切りだった。
 山崎は担当検事たちを向こうに回し、自ら六法全書を片手に闘い、その結果不起訴処分を勝ちとったが、出資者の信用を失い光クラブの業績は急激に悪化した。その後債務の履行不能となり、山崎はあえなく服毒自殺。本社の一室で深夜一人で青酸カリを呷ったのであった。享年26。1949年11月24日のことであった。

 以上の「光クラブ事件」はぼくが生まれる前の話ではあるが、この山崎晃嗣が放つ強烈な存在感と、妖しげなオーラが何故かぼくの心を捉えて離さない。
 山崎にとっての会話は心中の自分との語らいだけを意味し、いつも底なしの孤独感を抱え、自死の瞬間さえも分刻みで計ろうとした彼の心の異常性と静謐感。愛情の拒絶。そして愛のない肉欲。理不尽と不条理。裏切り、そして反抗と復讐。欺瞞への嫌悪。恐るべき独善性。そして至高の頭脳と死による決着。
 ・・・とてつもないスピード感の中での人生の決着であった。そしてそれは劇画チックなストーリーのようでもあった。
 後に、三島由紀夫の『青の時代』や高木彬光の『白昼の死角』など、幾多の小説や映画のモデルにもなった山崎晃嗣と光クラブ事件。
 明晰な頭脳を駆使して、自分だけはスマートに生きてやろうとした山崎の結果的には残念な結末ではあったが、彼の生き急いだ人生と言うか、死に急いだ人生と言えばよいのかわからないが、何故かぼくの興味を惹いてやまないのだった。

 山崎は服毒自殺の一カ月ほど前から信用取引の「空売り」作業に勤しんでいた。株価の急落を狙った「空売り」だった。暴落した株価と空売り時の株価の差額から発生する巨額の利益を債務に充当しようとしていたのだった。
 だが、この起死回生の一手となるはずの「空売り」も間に合わなかった。株価が暴落したのは山崎が亡くなったわずか一週間後のことだった。

 ・・・戦後の混乱期に一人咲き、独り散った「一輪の悪の華」山崎晃嗣。
 ぼくが生まれる前に亡くなった男にこれほどの魅力を感じてしまう自分はやはり頭がおかしいのだろうか? だが、男にとって「悪」は時として「善」や「神」より魅惑的なものに映るらしい。少なくとも今のぼくにとっては。
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