今やドイツは世界第二位のチーズ生産国、らしいんだが、、数百年前までは牛乳も、チーズもクリームも生産出来ない後進国だった、特に北側のプロイセンは。人口も少なく、未開拓で農耕に適さない土地が多く、正に辺境だった。王様はチーズやバターをフランスなどから高い金を払って輸入しなければならなかった。干拓事業や畜産もプロイセンが信仰の自由を約束した移民計画に乗って来たオランダ人、スイス人、フランス人がメインになって進めなければならなかった。そういったど田舎で遅れまくっている国がどうやって先進国?に近づいて行ったかといえば、、戦争である。変わり者のフリードリヒ2世が戦争に継ぐ戦争でプロイセンをなんとか大国の仲間入りさせる事に成功した。そういう事実を学んだ江戸末期・明治の日本人は日本をプロイセンのような国家にしなければ列強に食われてしまうと考えていた。150年経った今でも似たような事しか考えていない政治家が沢山居るようなので驚く。日本はアジアのプロイセンなどというバカな名称を捨てて、全く新たな道を探って行くべきだと思う。ドイツが通ってきた150年を考えれば、それが真似すべき道でない事は明白だ。
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